※膝さに前提の髭さに
※生理中セックス
暗い、主が酷い


 涙が止まらなくなるまで5時間。
 私は液晶の画面を眺め続けた。
 そこに蟻のように浮かぶ文字の羅列。画像。
 人工の光が視神系を苛めて眠りから遠ざける。
 タブレットの上部に浮かぶ時刻は十一時半を回っている。

「……あれ、まだ起きてるのかい?」

 勝手に襖が開いたけれどそちらに顔を向ける気にもならなかった。
 腹這いで寝そべっている私の視界に白い足首が入る。

「具合が悪いから早めに寝るんじゃなかったの」

 まばたきをしたら新たな涙がこぼれる。液晶の見すぎで水分のなくなった目は痛みを訴えた。
 脳を情報に晒し続ける。無関係な情報でいっぱいにすればなにも考えないでいられるの。神経が昂ぶって眠れなくなる。時折こういう自傷行為みたいなことをしたくなる。

「なにを見てるんだい?」

 髭切の手が伸びて私の手元を掴む。
 無意味なネットサーフィンを繰り返していただけの画面には、平安生まれの太刀には理解できないであろう和製英語だらけの記事が並んでいる。案の定髭切は眉をひそめてタブレットを私の手に戻した。

「そんなもの読んでたら余計に目が冴えちゃうよ。眠れないのなら僕とお話しでもしようか」
「必要ないわ」
「ご機嫌ななめだねえ。そんなに今日の演練が気に障った?」

 私は返事をせずにタブレットの電源を切って投げた。ついでに濡れた頬を拭って痛む目を閉じる。

 今日の演練相手には膝丸がいた。
 もちろん他所の膝丸だから心が揺さぶられることはない。ない、と思っていたんだけど、実際姿を見てしまうと、かつて私のものだった膝丸と瓜二つ(同個体だから当然なのだけど)だったから、予想外に辛くなってしまった。
 膝丸が折れてしまってから私の機能の中枢を支えていたネジは飛んで行ってしまったようで、体も心もずいぶんとおかしくなっていた。
 髭切は私を心配したのか、もしくは弟に「なにかあったときには主を頼む」とでも言われていたのか、あの日以来そばにいてくれる。

 目を開けると不満げにこちらをのぞきこむ琥珀色の瞳が見えた。
 ごろんと彼のほうに寝転がって手を伸ばす。

「しよう」

 膝丸とそっくりな顔が無言で私を見つめる。
 半身を起こすとどっと下半身に生温かい嫌な感覚がこみ上げた。
 恋人だった膝丸を失ってなお雌としての機能は失われず、私の子宮は誰かの子を着床する準備をしては、期待を裏切られて剥がれ落ちる。まったくもって養分の無駄使い。悲しみで張り裂けるのは胸だけでなくここも文字通り張り裂けてしまえばよかったのに。
 髭切の腕を持ち上げて自分の肩に回し、黙ったままの彼の唇に口付ける。
 柔らかな唇は膝丸と違ってつめたくない。

「具合が悪いんじゃないの」

 触れるだけの口付けのあとに、髭切は私を遠ざけるようにそっと押した。

「生理なの。セックスできないわけじゃないから」

 と答えると、髭切はつり目がちな目を見開く。
 気にせず私は彼の手を胸とかお腹とかに誘導する。ホルモンバランスのせいだろうか、生理中って一番セックスしたくなるのにしないなんてつまらない。どうせ汚れたシーツを洗うのは私なんだし遠慮する必要なんてないだろう。刀剣の付喪神が血を好むのは分かりきっている。

「避妊もしなくていいから」

 髭切の目はまだ戸惑いの色を映していたが、噛み付くようにキスするとそれには応えてくれた。
 舌を突き出せば軽くちゅっと吸われて口の中に引っ張られる。柔らかい粘膜に包まれつつ時折歯が当たる感覚に没頭していると胸元で手が動いた。薄い浴衣ごしに下乳のあたりを撫でられてぞくぞくする。生理中で張った乳房は軽く指を食い込ませるだけで痛みに近いほどの刺激を受け取る。
 ぬるぬると舌を合わせながら私も彼の胸に手を伸ばした。浴衣のあわせを開いて素肌に触れる。湯を浴びてきたばかりなのか温かくてしっとりした感触が心地よい。白磁のようになめらかな肌に手のひらをつけて胸の厚さを感じる。膝丸と同じ顔なのにずいぶんと女性的な雰囲気のある髭切だが、こうして確かめるとちゃんと体は男のものなので面白い。同じなのは顔だけじゃない。歯列も骨格も、筋肉の付きかたも、体内に割り入る肉の形も、すべてが同じだった。

 子猫みたいにぺろぺろと胸の先端を舐められる。膝丸も胸を舐めるのが好きだったなあとクリーム色の頭を抱えながら思った。
 乳房を弄っていた手が下腹部へおりて、今この最中も血を吐き出す臓器のところをさする。そのまま下着に指を引っ掛けて確認するように目を上げ、「いい?」と、出血中の陰部への侵入をためらう素振りを見せるのでやっぱり私を気づかってはくれているんだろうが、早く血が見たくて仕方ないのだとその目が訴えていた。
 うなずくと太ももに沿うようにして下着がずり下される。びったりと経血が付着しているナプキンを見て髭切が息をのむ。

「すごいね。こんなに血が出て大丈夫なのかな」

 言いつつもあらわになった秘部に指を這わせてくる。柔らかな肉の重なりに指の腹を埋められる。血液でぬめるそこは抵抗なく彼の動きを受け入れ、刺激に応じてまた熱い液体を吐いた。
 ぐちぐちと体液を絡める音がして声が漏れそうになるのを耐えていると、髭切がおもむろに指を抜く。長くてきれいな指の先が薄赤く染まっている。取り憑かれたように指を見る穏やかでないその視線はまるで戦場を駆けている時のようで。どうするつもりかと様子をうかがっていると私の見ている前で口元に指を運んで、うわあ。ぺちゃぺちゃと舌を這わせて指を舐りだす。さすがに引いた。まるで見せつけるかのように経血と愛液の混じったものを舐め取っていく。

「おいしい?」

 思わず聞いてしまったが美味しいわけがないと信じたい。爪の間に入り込んだ血の塊まで丹念にしゃぶって、髭切は目を細めて笑う。形の良い唇が、尖った歯が、私の血で汚れた指を美味しそうに咥える様は異様に背徳的だった。
 すっかり舐め取られて唾液で光る指が再度秘部を弄る。ずぷっ、と違和感を感じるが早いか膣内に二本の指が侵入してくる。乱雑に血の壁を擦り上げられて快感よりも痛みが走り、顔をしかめる。生理中で腫れた粘膜の層をぐちゃぐちゃと掻き出すように指が動く。血と粘液の海に飲み込まれて男の指はどこまでも潜っていくような気がした。

「気持ちいい?」

 耳障りな甘ったるい優しい声が鼓膜を震わせる。子猫の喉をくすぐるかのような手つきで中を愛撫されて下半身からも甘い痺れが襲ってくる。濡れた指先が陰核をこすり、何度も指の腹を押し付けられる。同時に中からは陰核の付け根を裏側からぐりぐりと圧迫され、内と外の両側からそこを刺激されて軽い絶頂に達した。
 ぴくぴくと腰を痙攣させていると指を抜かれた。手を引かれて起き上がる。滲んだ視界に髭切の白い胸と膨らみかけた下腹部が見えた。
 手を汚している彼の代わりに下穿きをおろしてやる。半勃ちになった陰茎に手をやって緩く扱く。摩擦しながら先端を舐めて口にふくんだ。風呂上がりだからあまり男の匂いのしないそれに舌を這わせて頭を前後させる。そうするとすぐに硬度を増して口蓋にぶつかるほどに上を向く。単純。プログラム化された反射。気持ちが悪いと思いながら塩辛い体液が滲み出てくるのを舐めとった。別に膝丸のをしゃぶるのだって好きじゃなかった。ただ喜ぶからしていて、今も膝丸との思い出を模倣するためにしてるだけ。
 髭切は私をそっと押しやって体を離した。私は布団に寝転んで足の間に彼を招く。

「本当にいいの?」

 勃ち上がった陰茎をぬちぬちと滑る陰部に擦り付けながら髭切が問う。穴を通り過ぎて陰核に引っかかったそれがぐにゅりと花弁を歪めて食い込む。

「いいから、黙って」

 頬を叩くように吐き捨てれば、彼はもうなにも言わずに肉を埋めた。
 隔たりなしに入ってきた熱い塊に奥まで貫かれて涙が出る。血の溜まった壺になっている膣は抜き差しのたびにちゅぽちゅぽと水の跳ねるような音がした。
 蛍光灯の下、私のあえかな呻き声だけが白々しく吐き出されては泡のように消える。
 髭切はなにも言わない。
 一番最初に体を重ねたとき、声を出さないでと命じた。顔だけ見ていれば膝丸に抱かれているような錯覚に浸れるから。
 柔らかな前髪に手を伸ばして、片側に寄せて、その琥珀色の瞳を見ながら声を漏らす。

「膝丸……」

 ああ。膝丸が好き。
 この世のはじまりから宇宙の滅亡まで永遠に。
 駄目だわ、それじゃ規模が大きすぎて具体性に欠ける。
 そうだな。例えば私の過去と未来総和して生まれてから死ぬまでの人生すべてにおいて。
 やっぱり駄目だ、そういう有限の時間じゃあ結局終わりが見えている。
 涙を飲んで、嗚咽は嬌声に書き換える。

 殺してもらうのが一番だわ。
 何にだって終わりがあるのなら私の膝丸への気持ちも終わってしまう時期がくるんだろう。
 そうして行き着く先には髭切の温もりに甘えて、惰性のように傷を舐め合って愛し合っていく未来しか見えない。
 そんなの裏切りで、地獄に落ちるレベルの大罪じゃない。

「噛んで」

 罪を悔いるように目の前の瞳に乞う。それはじっと私を見据えたあと迷いなく肩に歯を立てた。
 痛みが引き金になって体の芯を快感が貫く。金色の頭を掻き抱いて私は達した。
 髭切は人形のように力の抜けた私の中でしばらく動いたあと、無言のまま射精して体を離す。空気の抜ける音がして違和感と共に膣壁が閉じていった。
 痛みと快楽で頭がくらくらとする。確認するまでもなく肩には牙の食い込んだ痕があるだろう。髭切と膝丸は歯型まで同じなの。そんなこと知りたくなかった。

「見て、これ。内臓みたいだね」

 まだ涙ぐむ目をこすって顔を上げる。予想していたことだがシーツの上は大惨事だった。
 髭切が示すのはさっきまで私を穿っていた塊で、べったりと経血が付着して赤い筋を作っていた。死んで排泄された肉壁と新たに放たれた性の融合がそこにある。禍々しくて美しいと思った。綺麗、醜悪。ああそれにしても寒い。裸の手足を胴につける。私は好意も善意も利用して己のエゴのために、自分が気持ちよくなるために相手を踏みにじって憚らない。なんてナルシシスティックでトラジックなのかしら。
 自己愛に浸っていると髭切が顔をのぞきこんできた。ふわふわと優しげな笑顔だった。

「君の前では弟もこんなふうに笑ったんじゃないかな」

 それは悔しい程ほどに図星だったから私は涙ぐむ目を逸らした。
 泣きたいのを悟ったように頭を撫でられる。

「僕はね、弟のことも君のことも大好きなんだよ」

 ああそう。
 目を閉じて心を無にして声を張る。

「私はあなたのことが大嫌いよ」

 弱さを許す甘さが、歪んだ執着の手を取ってくれる優しさが際限なく私を堕落させる。害悪でしかないと知りながらこの茶番に付き合っているあなたが、繰り返す無為な性交のたびに心を磨耗して、緩やかに死に至る自傷行為のように己を傷つけていればいい。
 傷ついて、弱って。光に集まる蛾のような私を燃やし尽くす前に折れて。

「あの子を愛した者同士、仲良くやっていけるんじゃないかな」

 頭を撫でる髭切に笑って首を振って、血まみれの手を引いて、
 私はもう一回をお願いした。






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