※バター犬プレイ、挿入あり


 ちらちらとこちらを見やる視線に気づいて振り向けば、短刀の数振りがこそこそと耳打ちあっているのでした。
 私と目が合ったので意を決めたのか、五虎退がはにかみながら歩み寄ってきます。

「あの、あの、主様」

 前田が彼の肩を叩きました。それで勇気付けられたのか五虎退はしっかりと顔を上げます。

「髭切さんのお見舞いに行きたいんです」

 善良な短刀たちは、理不尽な暴力で心を壊されてしまった仲間に心を痛めているようでした。五虎退が開いて見せた手のひらには、紫陽花をかたどった小ぶりな練り切りが乗せられていました。短刀たちは池田屋での仕事を終えたばかりです。ねぎらいのために、歌仙が腕を振るって贅を凝らしたおやつを拵えたのだろうと思いました。
 そんな取って置きのお菓子を髭切にあげようという優しい心に、私は胸が苦しいような心地になりました。髭切は甘いものが好きで、かつてはよく短刀たちと縁側でおやつをつまんだり、万屋でお菓子を買ったりしていたものです。好物を食べれば少しは慰みになるのではないか、記憶も戻るのではないかと。無垢な短刀たちの申し出を断るわけにはいきませんでした。

「きっと髭切も喜びます。行きましょうか」

 実を言うと、精神が崩壊して以来、髭切は食物を口にすることがなくなっていました。彼の人間らしい身体活動は停止してしまったようで、呼吸も鼓動も、食事も排泄も、なにもかも失われていました。
 いくら人型とはいえもとは刀ですから、本来彼らは食事をする必要はないのかもしれません。ですが髭切の嗜好までは変わっていないようで、以前戯れに蜂蜜なんかを舐めさせてみたら彼は喜んで舌を這わせたので、短刀からのこの甘いプレゼントも喜んでくれるでしょう。

「みゃあ」

 髭切の部屋の前までくると、不思議な鳴き声がしました。
 入室の挨拶をして、戸を開けます。薄暗い畳の上に横たわった髭切が、迷い込んできたらしい猫と遊んでいるのでした。この猫には見覚えがあります。庭に訪れたのを加州や大和守が餌をあげているうちに懐いてしまった三毛猫でした。猫パンチを繰り出しながら髭切は楽しそうに三毛猫と戯れていましたが、私の姿を認めると首を上げてかすかに微笑みました。
 しかし即座にその笑顔は固まりました。
 短刀たちがおそるおそる敷居をまたぐのと同時に、髭切は信じられないような素早さで体を起こしたのです。

「ひげき」

 言い終えないうちに腕をぐんと強く引かれて、声が喉に引っ込みます。前向きに倒れこんで思いきり畳に叩きつけられました。
 痛いほどに首を回して振り向くと、私をかばうように髭切が立ち、ぎらぎらと殺気立った目で刀を抜いていました。
 彼が刀を持つことなんて、二本足で立つことなんて、あの日以来ずっとなかったのに。どうして短刀たちに刃を向けているのでしょう。

「あるじさま!」

 悲鳴を上げた五虎退の口が大きく開かれたその状態のまま、まっぷたつに斬り開かれました。迷いのない太刀筋はそのまま真横に薙ぎ、ぷつんと音を立てて前田の首と胴は離れました。
 やけにゆっくりと落ちていく首が廊下にぶつかります。生々しい肉の断面から血が噴き出すのを予感して身を縮めましたが、しかし予想とはうらはらに、一滴たりとも血液はこぼれないのでした。代わりに彼らの体に無数の線が走り、またたくまに全身をひび割れで覆い尽くすと、砂の城が崩壊していくように足元からガシャガシャと砕けていくのでした。
 刀剣破壊。
 はじめて目にしたその光景に声も出ないほど竦み上がってしまいました。私は敵前逃亡も厭わないような臆病ともいえる戦法をとってきたものですから、破壊した刀剣なんて今まで一振りもいなかったのです。それが、どうして、仲間を屠るだなんて。刀剣男士が味方の刀剣男士を攻撃するなんて、あってはならない事態です。
 かたかたと震える私を見下ろして、しかし髭切はふわりと氷の溶けるように顔を綻ばせます。それはさっきまでのつめたく恐ろしい表情ではなく、慈愛に満ちた、子供のように無邪気な笑顔なのでした。

「にゃっー」

 猫が廊下を逃げていく音が遠くに聞こえました。


「五虎退と前田がいない」

 夕食の席で刀剣たちは首をかしげます。私はひやひやと冷たい汗を流しながら平静を装っていました。一期一振は屋敷の中を探し回っています。髭切に破壊された彼らの鉄くずは残さず集めて、炉に放り込んでおきました。跡形もなく存在が消えているはずです。
 いつまで隠しておけるだろうか。いつ露呈するだろうか。弟たちが見つからず肩を落とす一期一振と、そんな彼の肩を叩いて捜索に加わる刀剣たちを横目に見ながら、私は己も心配でたまらないというような物憂げな表情を作って皆を欺きます。
 髭切の部屋は固く閉ざしてあります。どうか誰も髭切を、眠れる獅子を起こさないように。彼が仲間に襲いかかったことが知られたら刀解処分はまぬがれないでしょう。いえ、本当ならすぐにでも私の一存でそうするべきなのです。そもそも使い物にならないなまくら刀などに価値はなく、今はただ温情で生かされているようなものなのです。その上仲間を手にかけるほどに発狂してしまった髭切は危険以外のなにものでもなく、即刻鉄くずに戻すのが当然でしょう、道理でしょう。しかし私には、それができないのです。刀剣男士全員の命(命というのはおかしいかもしれません、彼らは無機物なのですから)と、私の中での髭切の存在を天秤にかけて、計りが後者のほうに傾くのをどうしても止められないのです。間違いだと分かっています。ですが白痴になった彼に恋情を燃やしている時点で、私も彼と同様に気が狂っているのでしょう。


 その晩は遅くまで五虎退と前田の捜索が続き、結局なんの成果も得られなかった皆は、いよいよ事を重大と考えはじめました。あす日がのぼってから再開することを決め、今夜は眠りにつくことにしたようです。
 彼らは、私が事実を隠していることを知ったら糾弾するでしょうか。刀剣男士は誰も彼も優しく、主とするには力不足な私に忠実についてきてくれるいい刀ばかりですが、今回ばかりは見損なったと言われるかもしれません。私は、それが、恐ろしくてならない。たとえ自分に非があれど、嫌われるのが怖いのです。事実を告げて正しい選択をするよりも、己の保身のほうが大切なのです。……さもしい心根でしょう。元来の臆病者なのです。
 だからぴりぴりと張りつめた雰囲気の廊下を歩くのは勇気が必要でした。観音開きの襖を開き、さらに奥にある襖をまた開き、彼の部屋へと踏み入りました。
 昼間に見たときと同じような格好で、髭切はごろりと横になっていました。一人でお着替えができないので、朝に私が着せたきりの白と黒の戦衣装のままです。

「髭切」

 おそるおそる声をかけると、長い睫毛が揺れて、瞳の中に私が映ります。穏やかな色をしたそれには昼間の狂気の片鱗もありません。

「……どうして、あんなことをしたの?」

 返事はないと分かっていましたが、なにかに祈るような気持ちで問いかけました。ゆっくりと間合いをつめていきます。万が一彼が斬りかかってくる可能性もないとはいえませんから、慎重にならざるを得ませんでした。
 髭切はぱっちりと目を開いたまま、近づいてくる私を不思議そうに見つめていました。髪を撫でると気持ちよさそうに目を細めます。

––幻覚だったのではないか。

 五虎退も前田も折られてはいなくて、髭切は人畜無害な白痴のままで。そうであってほしいと念じましたが、幸福な夢想に溺れていられるほど私は愚かではないのです。
 彼の頭に手のひらを当てたまま考えこんでいると、どうしてもっと撫でてくれないんだろうと不服そうに頭を押し付けてきました。ぐりぐりと自分で頭をなすりつける彼は本当に可愛らしいペットのようです。恐れもだいぶ払拭されました。私は両手で彼の頬を挟んで、唇を重ねました。毎日していればさすがの彼も慣れるのでしょう。平然と口付けを受け入れ、舌をつつかれたり口内を弄られたりしても動じません。
私ひとりだけが息を切らして頬を上気させているのはなんて滑稽なんだろうと自嘲しながらも、興奮は止まらず、邪な欲望は昂ぶる一方で、はやる気持ちをおさえて髭切の衣服を脱がせます。しっかりと筋肉のついた肩や胸を目にして、はあと思わず息が漏れます。刀を振るわなくなったというのに少しも衰えない鍛え上げられた身体のままで。私は己の浴衣を乱雑に解いて向こうに投げ、剥き出しの固い胸に寄りかかってそのつめたい体温を感じます。互いの素肌を擦り合わせると私の胸の先端がつめたい肌にこすれて痺れるような快感が走りました。
 それが商売の女のように、ちゅ、ちゅっ、と音を立てて肌に吸いつきます。白い首筋から隆起のある肩、胸、さらには引き締まった腹へ、唇で愛撫していくとそれだけで私の中は熱くなります。とろとろとした体液が下着にこぼれて湿らせていく。ついにたまらなくなって髭切の下腹部に手をやりましたが、そこは何の反応もしていません。彼は無表情にどこか虚空を見つめています。一見、奉仕しているのは私のほうなのに、興奮を募らせているのは私だけなのですから笑い話です。

「少し待っていてくださいね」

 いったん彼の膝の上から降り、部屋の隅にある小物入れの引き出しを開けて、小瓶を取り出しました。中身は蜂蜜です。以前遊び半分で使ってみたら彼の食いつきがよかったので、性戯の際の小道具として重宝するようになっていました。
 瓶の蓋を開けると甘い匂いが漂い、髭切はぴくりと嬉しそうに反応しました。私はその蜜を己の裸の胸元に垂らします。とろりと糸を引くつめたい液体。手のひらの熱で溶かしながら、丹念に乳房に塗りつけていきます。べたべたと気持ちの悪い感触がします。

「どうぞ」

 蜂蜜のコーティングでぬらぬらと光り、甘ったるい芳香を放つ乳房を髭切の目の前に突き出します。髭切は嬉しそうに顔を近づけ、ぺろりと胸を舐め上げました。甘いものが好きだという彼の個性を利用した発想でした。
 ちゅるちゅる、つめたく湿った舌が私の乳を這っては、表面の蜜を舐め取っていきます。なんの技巧もなしに動き回る舌は犬にでも舐められているかのようです。蜂蜜を味わいたいだけの髭切にはなんの下心もなく、私を悦ばせようとする意思すらないのに、それがかえって背徳的な快感を高めるのでした。

「ぁ……髭切、」

 形のよい唇から唾液と蜜の混じったものが垂れます。ふわふわした髪には蜂蜜がぺったりとついてしまっていました。
 やがて舐めるだけでは満足できなくなったのか、髭切は赤子のように乳房を咥えてきました。ぢゅっと口の中に乳房を吸い込まれて、甘噛みするようにもごもごと動かされます。尖った牙が柔らかな肌に食い込み、ちくりと刺すような痛みが走りました。私はもう我慢できなくなってずぶずぶに濡れた秘部を己の指で弄りながら、もう片手で彼の萎えたままの一物を握り締めました。

「……!」

 ちゅぽんと口を離して、髭切が顔をしかめます。いきなり性器を刺激されてびっくりしたのかもしれません。そんな姿が可愛くて私はますますそれを強く握って扱きはじめました。手のひらは蜂蜜でぬるついています。それを潤滑油のように棹に塗りつけて、にちゃにちゃと粘着質な音を立てながら摩擦しました。
 髭切はうすく口を開きながら息を乱しています。濡れた瞳はわずかに赤く染まり、怯える生娘のようにふるふると睫毛を震わせていました。手の中のものはだんだんと膨れ上がっていきます。男のそれが勃起していくさまを見ながら、私は熱い愛液で濡れそぼった穴に指を入れて搔き回しました。きっと物欲しげな目になっていたことでしょう。挿れたい。もういいでしょう。蜜の光沢をまとった陰茎がそそり立つその上に、足を広げて跨り、己の手でそれを体内におさめていきます。つるんと何回か狙いを外れましたが、なんとか先端の膨れたところを襞の重なりの中に埋めます。そのまま腰を落としていけば肉の道が一気こじ開けられ、固くて太いものが腹の中を埋め尽くし、詰めていた息が漏れました。

「んっ、ンンッ……!」

 思わず大きな声が出そうになって口を塞ぎます。髭切の太ももの上に座り込み下生え同士を密着させます。中に刺さっていたものが、己の体重でさらに深くまで潜り込んできました。
 甲高い呻きが上がりそうになるのをぐっとおさえこみ、私は彼の背に手を回します。

「髭切、きもちい、すき、ひげきりっ、」

 髭切は苦しげな表情を浮かべたまま私が腰を揺らすのを受け入れています。眉を寄せ、時折息を止めては大きく吐き出し、勝手に与えられる快感に耐えているようでした。
 想い人の体の一部を内臓におさめていると思うと目眩がするほどの多幸感に包まれます。彼の体温は無機物のそれですから陰茎も冷え切っていて、まるでディルドでも突っ込んでいるかのようですが、金属とセックスしているようで興奮しました。私の体内から溢れ出た熱い粘液が髭切を汚していきます。私が彼を犯しているのです。しだいに体温が移ってぬるくなっていく下腹部こそ私が彼を汚した証、ああ可哀想に、こんな卑しい女に性処理の道具にされて、なにも分からない愛しい髭切。蜂蜜でべたべたの髪を掴んで唇に噛みつきました。柔らかな粘膜に歯を立てるとぐにゃぐにゃして気持ち悪く、つり目がちな瞳に涙が浮かんでいるのがおかしくて笑いました。

「っ、あ、あ、い、」

 指を股間にやって結合部の上の固く尖った芽に触れました。目を閉じて、彼に弄られていることを夢想して陰核をこすります。そうすると恐ろしいほどの愛液がまたどろっと吐き出されて、中はキュンキュンと締まり髭切のものにしゃぶりつくのでした。筋肉が痙攣して目の前が真っ白になって私は絶頂しました。
 しばらく彼の膝の上で動けないでいると、薄目を開いた視界に「? …!」と慌てる髭切の顔があります。ペチペチと頬を叩かれました。どうやら私が死んでしまったと勘違いして心配しているようでした。

「……だいじょうぶ、ですよ」

 達した余韻でまだ力が入らない腕を無理やり動かし、彼の頭を撫でてあげます。もう私たちの体はどこもかしこも蜜と体液(おもに私の体液です)でぐちゃぐちゃです。
 まだ彼の陰茎は固く勃ち上がったまま私の中に突き刺さっています。自分だけ気持ちよくなっておしまいにするのは恋人同士の交わりにあるまじき行為ですから、私は膣壁でそれを扱くように体を上下させました。欲を言えばこのまま押し倒して彼自身の欲望のままに激しく犯してほしいのですが、それは過ぎた願いでしょう。

「……!!」

 ずるずると引き抜かれた剛直が空気にさらされて卑猥に光り、またすぐに肉筒の中に埋め込まれていきます。抽送のたびに鈍痛と快感がお腹の中に弾け、私は軽く絶頂を続けながら腰を振りました。閉まらない口は浮ついた迷言を口走りました。

「ひげきり、だけは、なにがあっても、私を好きでいてくれますね?」

 おかしな質問でした。たとえなにが起ころうと頭がからっぽの彼には理解できないのだから、好きも嫌いもあるわけない。だからこそ私は安堵します。物の分からない彼なら、私の正体に気づいて見損なうことも糾弾することもないのです。心のオアシスのようでした。髭切の前でだけは私は素のままの自分をさらけ出せるのです。臆病で卑屈な己の精神を飾り立てる必要もない。こうして裸で抱き合うのだってなんの躊躇いも必要ない。獣、同士の交尾のように、みっともなく性器を擦り合わせて、気づかいも愛の言葉も皆無のままに、欲を吐き出すだけの行為。

「あ、ぁあ」

 急に髭切がぐっと体を丸めて下から突き上げてきました。びっくりして仰け反りそうになると腰の肉を掴まれて、三、四回、激しく中を打たれた後、子宮口を押し潰されるような痛みと冷たい感覚が奥に広がっていきました。
びくびくと腹筋をわななかせて髭切が私の中に精液を吐き出します。冷え切った水銀のような重たい液体が溜まっていくのを感じました。驚いたのと嬉しいのとで精神が昂ぶり、同時にぞくぞくとお腹の底から戦慄が走って、私は爪先まで引き攣らせて絶頂しました。
 髭切ははぁはぁと息を乱して私の肩にもたれかかっています。体はぐったりと脱力しきっており、男の体重の負荷がかかる肩は痛いほどでした。
 夢の中のような多幸感に包まれたまま私は自分の下腹部に手を当てます。ここに宿ればいい。妊娠してしまえばいい。髭切の子種を注がれたと思うと嬉しくて目の端から涙がこぼれるのでした。
 髭切の頭を撫でて、顎を掴んで、疲労の滲む瞳をのぞきこみました。宝石のような瞳はたっぷりと潤んでなんの汚れもなく私を見返します。色素の薄い睫毛の先には玉のような球体の涙の粒がぽつぽつと付着しています。それはまるでお伽話に出てくるきらきらとした星か鉱石のようで、ロマンティックで、私は生臭い匂いの立ちこめる此処で誓いのキスをするように彼の唇を啄ばみました。

「愛してます」

 その言葉の意味を彼が理解することは、永遠に、ないのだろうけど。

つづく




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