「斬る」

 主は咆哮を上げもがくが、拘束されたうえに男の力に敵うわけもなく、無力に犯されている。目を剥いて吠える姿にはかつての優しい笑顔の面影はなかった。唐突に、胸を切り裂くような悲しみがよみがえる。永遠の眠りを妨げられ、見る影もなく変わり果てた姿で蘇生されたかと思えば、臣下だった刀に陵辱される。審神者として歴史を守るために尽力した結末がこれか。山姥切の胸に熱いものがこみ上げる。初めて彼女に出会った日のことが走馬灯のように思い出された。心許ない顔で山姥切を選んだ主。たった二人の本丸で手を取り合って、出陣でぼろぼろになるたび涙を溜めていた主。すべて山姥切のものだ。他の刀剣なぞに汚させはしない。
 ガタ、と一層激しい音がして意識が目の前の光景に戻る。だらしなく口を開き汗を滴らせた鶯丸が主に覆い被さっていた。

「あ、主、好き、好きだ、すき……」

 取り憑かれたかのように愛を囁く男の姿にぞくぞくと鳥肌が立つ。すき、すき、と繰り返した果てに鶯丸は大きく腰を押しつけ、それきり動かなくなった。密着した下腹部がびくびくと波打っている。主の中に精液を送り込んでいる。敬愛する主の子宮に。山姥切は脳内でなにかが弾ける音を聞いた。
 蹴破る勢いで戸を開け放つ。鉄砲玉のように飛び出した山姥切が刀を抜いたのは一瞬だった。金属のきらめきを目にした鶯丸は、疲れ切った表情で、しかし幸せそうに笑っていた。
 目が合う。緑色の瞳に山姥切の顔が映る。満足げに細められた瞳に向かって刀を振り下ろした。ななめに斬り落とされた男の首が畳に転がり、どす黒い血の跡が点々とついた。
 首を失くした男の体を主から引き剥がす。まだ硬さを保ったままの性器が主の穴からずるりと抜けた。ぽってりと赤く腫れた女陰から白く濁ったものがあふれ出す。山姥切は鶯丸の死体を端に投げ捨て、布団の上に拘束されたままの女を眺めた。

「主」

 山姥切の呼びかけに知性なき彼女が返事をするわけもなく、爛々と輝く目があたりを見回しているだけだった。不快そうに縛られた手足を動かし、この場から逃げ出そうとしている。

「あんたはこんなこと望んじゃいなかったよな」

 返事はない。代わりにひくひくと陰部が動く。濡れた粘膜がつやつやと光り、まるで誘うように蠢いている。さっき放たれたばかりの精液が布団に染みを作る。いま彼女の中には鶯丸の子種が詰まっていると思ったら、耐えられない気分になった。
 山姥切は刀を構える。主の姿をした獣の上に本体をかざし、振り下ろそうと決めて、数秒その姿勢のまま固まった。
 刃を見ても主の表情は変わらない。恐怖や死という概念すら失っているのだろうか。うごうごと芋虫のように身悶える彼女を見下ろしながら、山姥切は結局、刀を鞘に戻した。もうこれは主ではない。かつて心から誓った忠誠や仁義が、うっすらと霞んでいくのを感じた。
 代わりに浸食してくるのは、今しがた死んだ男と同じ色の邪心である。

「なあ、あんたの一番は俺だったよな」

 自分の声がいやらしく甘えた響きになったことに驚いた。山姥切は一糸纏わぬ彼女の体に触れてみた。熱い血潮の流れを感じた。生きている肉の温度だった。
 自分の下腹部を見下ろす。服の上からでも分かるほどにそこは高く張り出している。鶯丸と主の情事を覗き見てからずっと勃起していた。

(君はあれを主ではないと言うが、人間を人間たらしめるものが何か分かるか?)

 打ち捨てられた鶯丸の首が笑っているような気がした。
 山姥切は薄く笑みを浮かべてベルトに手をかける。

「俺も、刀を刀たらしめるものを忘れてしまった」

 お前と同類だな、と自嘲気味に言って、裸の主の上に跨がった。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。