「斬らない」

 固く握った手はそのまま、絡み合う二人の姿に目を凝らす。犬のように腰を振る鶯丸はもはや自分の快楽を求めることしか考えていない。主はぐっ、ぎっ、と内臓が圧迫されるたびに嫌な声を上げている。

「主、あるじ、好きだ」

 鶯丸が主の乱れた髪を撫でてすき、すき、と繰り返す。腐りかけた口を吸い、両手で女の体を掻き抱いて、一層激しく腰を押しつけた。隙間がないほどに密着した体勢のまま、鶯丸の腰が不規則に震える。男は射精している時が一番無防備な瞬間だ。奇襲をかけるならまたとない好機なのに、山姥切は動けなかった。
 やがて絶頂の波が過ぎ、鶯丸が緩慢な動作で体を起こす。疲労のにじむ表情で目にかかる髪を払い、押しつけていた腰を離した。ゆっくりと引き抜かれた性器はまだ萎えてはおらず、二人ぶんの粘液で濡れたそれはいやらしく光っていた。
 太い栓が抜けた主の穴からはどろっとした白濁が一筋流れ出す。ぱかりと口を開いていたそこがひくつきながら収縮するのを見て山姥切の体がますます熱くなった。
 鶯丸は部屋に備えてあった布を手に取り、主の体を拭こうとして、突然振り向いた。

「いつまで見物している?」

 心臓が跳ね上がる。わずかな戸の隙間からこちらを見て鶯丸が笑っている。いつから? なぜ? 疑問は喉奥に貼り付いて言葉にはならなかった。鶯丸は裸のまま立ち上がり、立ち尽くす山姥切の目の前までくると、戸を開け放した。

「入れ」

 一言、命令だった。山姥切は言われるがままに部屋に足を踏み入れる。湿った情事の空気が充満してして息が詰まった。ばくばくと鳴る胸がうるさい。鶯丸は山姥切の存在を気にもとめずに畳に腰を下ろし、自分の体を拭きはじめた。
 山姥切は呆然と、布団の上に転がされたままの主を見やる。腕を胴体に縛りつけ、脚だけ大きく開かれた姿は無残だった。股の割れ目からあふれた液体がシーツに水溜りを作っている。

「どう思った?」

 唐突に鶯丸の声がした。
 振り向くと彼は普段と変わらない穏やかな顔で山姥切を見上げている。さっきまで色欲に狂っていた瞳が嘘のようだ。

「どうって、」

 答えあぐねた山姥切が口を閉ざすと、彼は笑いながら視線をやや下にずらした。正確には山姥切の腰のあたりに。

「お前も俺と同じだろう?」

 鶯丸が目で示すのは、山姥切の下腹部だった。そこは服を押し上げて硬く勃起している。彼らの情事を盗み見てからずっとこのままだ。冷や汗が額を伝い、今にもこの場所から逃げ出したいのに金縛りにあったかのように動けない。
 鶯丸は首を傾げていたずらっぽく笑みを浮かべる。

「主を抱きたいか」

 轟々と鳴る血流の音がうるさい。気がつくと山姥切は主の脚の間に座らされていた。肩に置かれているのは鶯丸の手だ。悪魔の囁きのような声が耳元に吹き込まれる。

「俺は主を愛している。心を失った主でも、主は主だ。審神者としての霊力も保たれている。だが、かつてのように俺たちを愛し指揮をしてくれることはなくなった。だから俺は主に子供を産ませて、新しい審神者にするつもりだ」

 なにを言っているのか分からない。熱くそそり立ったそれを鶯丸の手が主の穴に誘導する。はあはあと興奮しきった自分の息が遠くに聞こえる。ぐちゅり、濡れた熱い感触に先端が包まれる。あ、と思わず声が漏れた。鶯丸が可笑しそうにくすくすと笑う。

「初期刀のお前は特別だ。主もお前のことを特に信頼していたようだからな。俺と共に主に子を産ませよう」

 皆には秘密だ、と耳朶に囁かれ、同時に深く侵入を果たした。脳を貫くような快感が走り、山姥切は今度こそ大きく呻いた。あとはもう思い出せない。恍惚の海に沈んだ頭の中に、鶯の笑い声だけが響いていた。



 それ以来、山姥切は主の寝室を訪れていない。あの一夜は夢だったのかとすら思う。相変わらず刀剣たちは自ら戦略を練り、部隊を組み、出陣を続けている。庭の景色は端末のボタンひとつで変わり、たっぷりと雨や陽の光を浴びた作物が実っている。厨当番が四季折々の料理で皆を楽しませ、短刀たちはおやつ作りに励む。
 なにもかもが完璧に上手くいっていた。
 山姥切の心に空いた穴は日々広がっていく。その不安を共有できる者はここにはいない。
 鶯丸はいつもどおり甲斐甲斐しく主の世話を焼いている。山姥切は時折、鶯丸に呼ばれて彼女の様子を見に行く。

「ほら主。山姥切がきたぞ」

 拘束されたままの女は目を剥いたまま唸り声を上げる。数ヶ月経っても言葉を理解せず、知性のかけらも示さないが、しかし決定的な変化をみとめていた。
 主の腹は丸く膨れている。だんだんと大きくなるそこには本当に子供が宿っているのだろうか。
 ならばそれは、鶯丸のか、それとも、自分のか。
 なにが産まれてくるのか、山姥切は空恐ろしい気分になるのだが、鶯丸は嬉しそうに主の腹を撫でるのだった。
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