つづき
声優が同じっていうネタ


視界が闇に閉ざされている。
元々右目は眼帯で覆われているのだが、ご丁寧にその上から目隠しをされているのだ。
夜目の利かない燭台切は目隠しなんてしなくても辺りの様子は分からないのだが、人間である主はこの薄明かりの中でも物が判別できるらしい。燭台切の金色の眼が見えると気分が萎えるというので、こうして覆いを被されているわけである。
床に手足をついて後ろから突き上げられる。燭台切に許されていることは、ただ声を上げること、それも深く低く吐き出すような声音を発することだけだ。

「ぅ……」

主、と呟くと、彼の人は嬉しそうに腰を撫でてくる。

「江雪」

呼ばれる名は自分のものではない。
揺すられる体には、江雪の弟から奪ったという桃色の袈裟が着せられている。おまけにどこから用意してきたのか、長髪の鬘まで被せられているのだ。求められているのは完全な擬態。主に抱かれているのは燭台切ではなく『江雪左文字』なのだ。そうでなくてはならない。
体内を抉られる感覚は何回やっても慣れない。そもそも受け入れるための身体をしていないのだ。それでも鈍い快感が腹部に走るのは許し難かった。生理的な反応なのか性器もちゃんと反応してしまっているのが憎らしい。

「江雪…愛しているよ……」

最奥に打ちつけられて、うっとりとした愛の言葉を吐かれる。おぞましさに鳥肌が立ったが、同時に痛みと快感が脳内で爆ぜる。愛撫も睦言も、燭台切にではなく江雪左文字に向けたものだというのに。
なぜ自分がこんな目に。
なんて悪趣味な。
快楽を打ち消すように、頭の中で憎悪を膨らませて呪いの言葉を吐く。しかし主が燭台切の勃ち上がっている性器を掴んで上下に扱いたので、悔しくも思考は停止した。

「ぅ、あ……」

爪を立てられて、呆気なく達した。主の指の隙間からぼたぼたと精液が垂れる。乱暴に突き動かされたと思ったら急に抜かれ、背中に熱いものをかけられる。
しばらく同じ体勢のまま息を荒げていた。疲労感が体を包む。今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
主は放った精液を自分で拭く。燭台切にひとことも声をかけることなく、服を整えて部屋を出た。

燭台切はのろのろと体を動かした。まずは目元を覆う包帯をむしり取る。重い袈裟を脱ぎ、暑苦しい鬘を外す。部屋はやはり真っ暗で、手探りで明かりをつけた。体がじんじんと熱を持つように痛む。早く湯を浴びようと自分の服を羽織った。

本当に惨めだ。



昨夜の事があって体が重いが、朝食の支度のためにいつも通りの時刻に寝室を出る。厨房にはすでに歌仙と、それにひっつくように小夜左文字が来ていた。

「おはよう」

声をかけると二人とも振り向く。歌仙は疲れた顔に微笑みを浮かべた。

「ああ、おはよう。助かるよ」

初期刀の歌仙はずっと本丸の食事当番を担っていたのだが、最近では味覚が狂ってしまい、まともな料理が出来なくなってしまった。燭台切が顕現したばかりのころ歌仙に料理を教えてもらったのは懐かしい思い出だ。かつては自分の師であった者が狂っていく様は見ていて悲しかった。

「じゃあ小夜は米を洗ってくれるかな」

歌仙の言葉に小夜左文字はこくりとうなずく。寡黙でおよそ子供らしくないこの短刀は、こうして見下ろしてみると年相応にあどけない顔をしている。燭台切はその横顔を複雑な思いで見送る。
小夜左文字の兄、あの太刀が来てから、主の狂気は加速したのだ。

声が似ている。

そんな理由で燭台切は江雪の代わりに主に抱かれるはめになった。
江雪左文字は高潔すぎて手を出せない。美しいまま留めておきたい。そう言った主の顔は恍惚としていて、主の暴挙に慣れていた燭台切でもぞっとするほどだった。
歌仙と並んで野菜を洗ったり切ったりしている間も、昨夜の悪夢のような記憶がじわじわと精神を蝕んでいた。
米が炊き上がり、主菜の類も出来上がったので、燭台切は本丸の面々を起こしに行くことにした。ふと外から子供の笑い声が聞こえて、目を向ける。

「あっおはようございまーす」

けらけらと笑う今剣が庭で跳ね回っている。他にも粟田口の短刀たちが輪になって遊んでいる。なにか球状のもので蹴鞠に似たことをしているようだ。肌の色と髪が見えた時点で毬ではないことは一目瞭然だった。ごろ、ごろと歪に転がり、蹴られ続けたせいで変形したそれが誰の頭かなどは判別したくなかった。

「……ご飯だよ」

朝から足元を血に濡らしている短刀たちに、強張った笑みを向けることしかできない。
子供のほうが狂気に順応するものだ。地獄で狂えないものこそが真に狂っている。



その日、燭台切は主に連れられて江雪のもとを訪れていた。

「江雪のことをよく見ておきなさい」

そう命じて、主は江雪へ近づく。燭台切は部屋に入ってすぐのところで正座して待たされた。
江雪、と主は愛しげに彼の腕に触れる。包帯で目元を覆った江雪は触られてようやく主の存在に気づき、顔を上げる。
彼らは指文字で会話をするので、傍目で見ているだけでは何を話しているのかわからない。主が江雪に向ける愛情のこもった目や手つきを見ていると、燭台切の中にどす黒い感情が生まれる。目も耳も機能していない江雪左文字を主は寵愛しているのだ。刀のくせに戦いを忌避する江雪左文字を。ただの綺麗な飾り物に甘んじている彼は、己を恥と思わないのだろうか。
江雪は緩慢な動作で首を傾げ、細い指で主の手に文字を書いている。あの上品な所作を真似ろと燭台切は言われているのだ。閨での振る舞いを完全なものにするために。
どうしてこんな屈辱を味わわなければならないのだろう。江雪がその美しさを衰えさせない一方で、燭台切の心は磨り減るばかりだった。



主は嗜虐趣味で、燭台切が来たときにはもう刀剣男士の死体の山が出来ていた。
では主が気狂いかといえば、そうとも思えないのでたちが悪い。政府から与えられた任務はこなしているようだし、短刀やお気に入りの刀剣たちには優しいのだ。燭台切は正直主の悪癖には辟易していたが、刀剣に主は選べない。道具として割り切って、適度に距離を置くことで良好な関係を築いてきたつもりだった。事実、今の今まで暴力の対象になったことはない。むしろ発狂せずにすんでいる数少ない刀剣男士として目をかけてもらっていたほうなのだ。それなのに江雪がきたせいで燭台切の立場は変わってしまった。

昼間に見た江雪の姿を必死で頭に思い浮かべながら、今日も燭台切は抱かれている。主のことだから性行為も手酷いものかと思っていたが、そちらは至ってノーマルだったのは救いというべきか。
包帯を濡らすのは苦痛による涙なのか感情によるものなのかはわからない。



「主。ちょっと提案があるんだけど」

蒼白な顔に笑みを貼り付けた燭台切が主に交渉をもちかけたのは、冬も半ばの頃であった。
主は燭台切を見上げ、彼が引き連れているものに目をやってきょとんとしている。燭台切は震え上がる心を叱咤しながら、連れていたものをずいと前に押し出した。

「僕の代わりにこれを使ってくれないかな…。同じ『燭台切光忠』だから大丈夫だと思うよ」

燭台切が突き出したのは、さっきドロップしたばかりの新しい燭台切光忠であった。顕現したての燭台切光忠は、白痴のようにぽかんとして主を見つめている。何も知らないもう一振りの自分を身代わりにしようというのだ。非道なことを言っていると理解している。それでももう耐えられなかった。
燭台切が見つめるうちに、主の顔がだんだんと弛んできた。ああどうしてこの場面で笑えるのだこの人は。

「残念だが、それは出来ないのだよ」

至極残念という口ぶりで首を振るが、少しも残念だと思っていないのは明らかである。
上っ面の笑顔のまま冷凍された燭台切に、主はおかしくて仕方ないといったふうに唇を歪めた。

「別の燭台切光忠を使うのは、以前にやったことがあるんだよ」

でもすぐに壊れてしまった。耐えられずに発狂したり自害したりしてしまうのだ。お前以外の燭台切光忠は江雪の代わりにならないんだよ。
そう言って主は、初めて愛しそうな目で燭台切を見た。

「……」

燭台切はもはや言葉もなく立ち尽くしていた。
主は依然ぽやんとしたままの新しい燭台切の腕を掴む。

「ああ、でもせっかくお前が考えてくれたのだから、今夜はこの子を使うとするよ…。私は『燭台切光忠』の体は好きだからね」

吐き気がした。口元を手で覆い絶句する燭台切を残して、主は新しい燭台切の腕を引いて去っていった。

雪が降っている。
ふらふらと廊下を歩いていたら、歌うような声が聞こえてきて足を止めた。
縁側に面した一室の襖が開いている。そこは確か江雪の部屋だったはずだ。呼ばれるようにそちらへ向かった。部屋の奥に江雪は正座して、唇を動かしている。歌かと思ったが違う。経を読んでいるのだ。初めて聞いたその落ち着いた低い声は、確かに燭台切の声と似ている気がした。
足音をひそめて部屋の中に入る。江雪は気がつかないのだろう、喉を震わせて経を唱え続けている。燭台切は近くでまじまじと彼を観察した。
頼りないくらい細い体、なめらかそうな長い髪。なるほど江雪は美しいが、声以外は燭台切と似ても似つかないではないか。主は燭台切をこんな体と模して抱いていたのだ。怒りと悲しみが込み上げてきた。

「君のせいで」

君のせいで僕は。燭台切は手を伸ばす。江雪の細い喉に触れた。彼の体が硬直する。両手で喉を握った。このまま力をこめたら折れそうだ。それでいい、そうしよう……気がついたら涙が流れていて止まらなかった。
ほんの数秒であったかそれとも何分間か、燭台切はそのまま動けなかった。力を入れることも離すこともできず、江雪の首を絞めたまま固まっていた。江雪は抵抗もせず、唇を結んでじっとしている。白い喉はどくどくと温かく脈を打っていた。

膠着状態を破ったのは、突然現れたなにか疾風のようなものだった。
鋭いものが燭台切の喉を貫いて、はっとした時には鮮血が噴き出していた。江雪から手を離して自分の喉に触れる。横に真っ直ぐ掻き切られたようで、ぱっくりと傷口が開いていた。
真横に青い影のようなものが見えた。涙と失血で視界は霞んでしまってよくわからない。何事かを口にしようとしたが、込み上げてきたのは血液のみだった。
自分の血が気管のほうに流れ込んできて、溺れる。燭台切は横に倒れて動けなくなった。
ぱくぱくと口を動かしたが、もう言葉にはならない。

ああこれで、僕はもう声を出さなくてすむんだ。

安堵が全身に広がると同時に、それが麻酔のように意識を奪った。


動かなくなった燭台切の横に、小夜左文字は血の滴る短刀を携えて立っていた。
喉から広がる血の海。畳が汚れていく。
さっきまで首を絞められていた江雪は苦しそうに息をついたあと、警戒するように体を強張らせている。
なにがあったのかわからないが、小夜が見たのは江雪の首を絞める燭台切の姿で、兄さまを守るために咄嗟に行動したらこうなった。
燭台切の傷口からはどんどん血が流れていて、このまま死んでしまうかもしれない。この太刀は一軍の隊員で主にも気に入られていたのに。どうしよう。そもそも燭台切はなんだって江雪を殺そうとしたのか。思い当たる節がないわけでもない。小夜は薄々、燭台切がどういう扱いを受けているか察していた。
血を失った燭台切の顔は白く生気がなかったが、どこか満足そうな表情をしているように見えた。

「死にたかったの」

哀れな太刀に呼びかけるがもちろん返答はない。
いくら燭台切が鈍足といえ、小夜の攻撃が防げないほどとは思えない。練度だってそこそこあるはずだ。わざと避けなかったように感じられた。
やるせない気分になる。何が起こったのかわからない江雪はまだ険しい空気を放っていた。小夜は兄の手に触れようとして、自分の手に燭台切の血液が付着しているのに気づいた。江雪を血で汚したくはないから、倒れている燭台切の服で血を拭う。
小夜が腕に触れると、江雪ははっとこちらに顔を向けた。

(兄さま、大丈夫?)

小夜が聞くと、江雪はうなずいた。指で問い返してくる。

(敵襲ですか)

そんなようなものだ。小夜は嘘をつき通す。

(うん、でももう大丈夫だよ)

兄さまは僕が守るから。

燭台切の体は小夜ひとりでは運べない。誰かに手伝ってもらおう。運が良ければ助かると思うが、江雪を殺そうとしたと主が知ったら果たして手入れをしてくれるかどうか。
畳も変えなくちゃ。それに明日からの食事当番をどうしたらいいんだろう。燭台切がいなくなったら主は誰を抱くのだろう。

小夜はぼんやりと江雪の手を握りながら、燭台切と血の海を眺める。雪はしのしのと降り続けていて、周りの音を全部吸収していた。庭は清らかに真っ白だ。室内にも雪が降ってくれたらいいのにと小夜は思うのだった。
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