・死ネタ、微リョナ

 彼が筆を滑らす仕草は意外にも繊細なのです。
 わたしは隣に寝そべってその姿を見るのが好きでした。

 するすると書き終えた半紙をわたしのほうに差し出し、彼はにっと緋色の目を細めます。漢文も草書も読めないわたしのために現代の言葉を覚えてくれた聡明で優しい岩融。この薙刀のことが、それはもう好きでした。所為のひとつから爪の先に至るまでが完璧でした。そう気づいてしまえばもう他の刀と同じように扱うことなど不可能で、わたしは主従という関係をこえた後ろめたい思いを隠しておけなかったのです。
 半年ほど前からでしょうか。わたしたちは晴れて恋人同士になりました。噂が広がるのは早いものです。またたくまに、わたしと彼との関係は皆が知るところとなりました。公認だったのですよ。

 手紙の話に戻りますね。

 岩融が手紙をくれるのは、ふたりっきりで閨にいるときだけです。
 こうした文通のような真似をしなくとも、とっくに恋仲であるわたしたちは意思の疎通ができるのですが、彼の生まれた時代にふさわしく和歌を送ってもらうのは一味違う喜びでした。
といっても、教養のないわたしは気の利いた歌が返せません。悔やまれてため息を吐くと、彼はにっこりと笑みを深めて頭を撫でてくれるのがいつものやり取りでした。
 長らく薙刀を握っていないためか、彼の手はつるつるとなめらかで心地よいのです。
 出陣ですか? いいえ、岩融は戦場に出ません。
 なぜって、爪がなければ薙刀を握りにくいでしょう。
 しゃべることもできないのですから、戦場で仲間に指示を飛ばし合うこともできません。万が一にも岩融が折れてしまってはたまりませんから、彼を出陣させることはなくなっていたのですよ。
 いつからって? それも恋人になってからですから、半年前からでしょうか。
 手紙は保管してありますよ。見たいのですか?
 恋人同士の睦言を盗み聞くようなものですが……、それで気が済むならどうぞ。
 ……ご覧になったら分かるでしょう?わたしと岩融は本当に愛し合っていたんですよ。
 愛していなければ、自ら牙と爪を抜くことなんてできたでしょうか?
 今朝、岩融が布団の上で折れているのを見つけたときは心臓が止まる思いがしました。無傷の刀剣が一夜にして砕け散るなんてありえるでしょうか。青天の霹靂、本当に、わたしの預かり知らぬところで事件は起きたのです。
 ねえ、お役人さま。刀剣男士のシステムにはバグが多いと耳にしたことがあります。例えば味方の刀剣に攻撃されて折れてしまったり、もしくは、心の悲しみのあまりにみずから折れてしまう刀剣もいるとか。
 わたしを愛していた岩融。彼はなぜ折れなければならなかったのでしょう。死因を探ろうにも、鉄の破片となった彼には推測できるような傷も残っていないのです。
 ……原因検索に努めてくださるのですね。ええ、お心遣いありがたく受け止めます。
 でもわたしには、岩融が死んだのはきっとこれだという予想があるのです。
 彼はきっと、幸福の絶頂の中で死にたかったのではないかと。
 わたし、閨での夢物語で、今度生まれ変わるなら筆になってほしいと言ったことがあります。
 半紙の上にさらさらと滑っていく、小振りの柔らかな毛筆になってくれたら、わたしの手にも振るえるじゃないですか。そしたら戦で傷つくこともなく、完璧な状態でずっと大切にしてあげられます。ずっと、ずっと。
 馬鹿げた夢だとは分かっています。でも岩融はわたしの願いを叶えてくれるのでしょう。あの高潔な薙刀は、わたしを心から愛していますから。

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