・以前フォロワーさんにリクエストされた「鶴丸と岩融に奪い合いされる」という夢小説です。


 できるだけ平和的に解決したいというのが二振りの望みだった。人殺しの道具である刀剣の付喪神にしては温厚な性格の岩融と鶴丸は、己の我を通すのに強行手段を良しとしなかった。ここは人間らしく話し合いによって決着をつけよう。幸いなことに時間はたっぷりある。
 というわけで、どちらがより深く主を愛しているかを意を尽くし言葉を尽くして語り合うことになったのだ。

「俺は主のために何色にでも染まった。君にこんな真似はできなかったろう?」
「いや、それを言うならば俺も主のためにこの身を捧げたぞ?」
「俺だって体を捧げたさ。身も心も主様の望むように作り変えたんだ」
「ふん、憐れよのう。己を失っても気に入られたかったのか?」
「俺は刀だからなあ。人と違って、自我や個性にしがみつこうとは思わないんだよ。己の由来や逸話に縋り付くのは妄執さ、刀としてここに在ることが全てだからな。ま、君みたいに半分空想の産物である刀には理解できないかな?」
「主は俺の逸話が好きだったのだぞ。あと一本狩れば妖刀と化したであろう薙刀として、夢があって面白いと、たいそう俺を気に入ってくれた」
「ふうん……」

 微笑みながらも睨み合う二振り。対話はいつもこんなふうにけなし合い貶め合いになり堂々巡りである。

「だが悪いなあ。主は俺と同じ墓に入ると決まっているんだ」
「またその話か。おぬしと同じ墓場に埋まっていてはうるさくて落ち着いて眠ることもできぬだろう。死んでも死に切れんわ」
「血生臭い坊主に任せるよりは安泰さ」
「腐っても俺は僧侶ぞ? 主の供養を任せるにら俺以上の適任はおるまい」

 金と緋色の目が火花を散らす。平和的解決とは名ばかりで、互いの覇気での殴り合いである。こんなことをもう数週間も続けているものだから、本丸に残っている刀剣たちも呆れて「いい加減早く決着をつけてくれ」と嘆く次第である。

「………はぁ、君が生前にはっきりしてくれなかったからこんな面倒な事態になったんだぞ」

 台詞とは裏腹に優しさをたっぷり含んだ瞳と手つきで、鶴丸は彼の主たる御仁の頬を撫でる。ところでこの鶴丸は、一般的な鶴丸国永という刀剣の付喪神とは随分と見た目が違った。本来なら白一色の衣装に白磁の肌が特徴的な刀であるが、この鶴丸には色がついている。おまけに骨格も奇妙に歪んでいた。主好みの見た目になるために骨を引っこ抜き、髪と肌を染めて矯正した結果である。

「まったくだ。優しいようで残酷な主様よ。我らを残して死んだ挙句、死んだあとになら自由にしてよいと言ってもなあ」

 薙刀の彼も大きな体を屈めて、棺に眠る主の顔をのぞきこむ。そっと髪を撫でる指先に尖った爪はない。主の肌を傷つけないためにと自ら爪を抜いたのは昔の話である。つるつるの丸い肉が主の髪から首筋へと滑っていく。

「早くしないと腐ってしまうと皆が困っている。腐る前にせめて火葬しようと言ってくる奴もいるが、焼いたら骨が崩れてしまうからなあ。俺は主の肉が腐り白骨化して骨が土に還るまで添い遂げる覚悟があるんだ。いい加減、君が降参してくれないかい?」
「なにを言うか。主の体はすべて俺がもらいうける。蕩けた肉の一欠片、焼いた灰の一掴みだっておぬしにくれてやるものはないぞ。何のために俺が牙を抜かずに残したか分かるか? この牙があるために俺は生前の主に口吸いすることが叶わなかったが、死した主の柔肉を喰らうために残しておいたのだ」

 だから俺の愛のほうが大きい、いや俺のほうが深遠だと、死体を挟んでとち狂った愛を語る化け物たちの口論は今夜も日を跨いで続く。
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