※安定が女体化、生理中のレズセックス描写あり
 
 どういうわけだか、大和守安定は女の姿として顕現していた。

 先に本丸に来ていた刀剣男士たちはみな男の姿であり、彼らは不審な目で安定のことを見るので、ああ自分が異端なのだと理解した。
審神者という不思議な力を持つ者が、安定たち刀剣男士をこの世に呼び出した。その審神者に聞いても、何故安定だけが女の姿になってしまったのか分からないと言う。審神者が今の安定にとっての主だということは無意識のうちに理解していたから、他の刀剣男士たちと同じように、彼女を主と呼んで従った。
 主は安定の扱いをどうするべきか悩んでいた。女の体をした安定を、戦場に出すか、出さないか、ということである。
顕現したばかりでぽかんとしている安定を差し置いて、他の刀剣男士たちとさんざん議論した挙句に、結局安定は戦場に出ないことに決まった。

「別に僕はこの姿でも刀を振るえるんだけど」

 話に置いてきぼりにされていた安定が口を尖らすと、「なら私の護衛を務めてね」と頭を撫でられる。屋敷の中で、一体なにから身を守るというのか。不可解に思ったが、口答えする身分ではない。

 そういう経緯で、安定は常に本丸にて主の傍に侍っている。


 安定の寝泊りする部屋は主と同室だ。
さすがに男子と同じ扱いにはできないわ。主はそう言い、なにかと安定を優遇する。風呂や厠も他の刀剣男士とは別、部屋の奥にある主専用のものを使わせてもらってる。
近侍の刀剣男士ですら主の自室にはなかなか入れないのだから、安定の待遇がどれだけのものか分かるだろう。
同じ女同士という理由で、主は安定をずいぶんと可愛がっているのだ。それはもう他の刀剣男士が眉をひそめるほどに。

「一緒に寝ましょう」

 今夜も主は枕を持って安定の布団に潜り込んできた。
「ちょっと、主…」
 こうして同衾を迫られるのは珍しいことではない。ほぼ毎夜、主は安定の布団に入り込んでくる。布団は二つくっつけて敷いてあるんだから、わざわざ一つの布団に二人で寝なくともいいのに。
 内心そう思うものの彼女の好きにさせる。主の冷たい足先がふくらはぎに絡み付けられて、ひやっとする。
布団をすっぽりと被ると、お互いの目線が同じ位置になる。主はにこにこと頬を弛めて安定を見つめた。
「可愛いね」
 どう反応したらいいのか困っていると、主が髪を撫でてくる。この温かく優しい手つきは好きだ。
「今日はちょっと寒いね」
 と言って、安定は主に抱きついてみた。柔らかい体から体温が伝わってくる。胸元に顔を埋めてみる。女の人の体はみんないい匂いがするのかな。
安定が甘えると主はとても嬉しそうな顔をする。
「そうね。でも安定は体温が高いから湯たんぽみたいで気持ちいいよ」
 湯たんぽかあ。僕、刀なんだけどなあ。
 まあ顕現されてから一度も刀を抜いていないから、安定を刀の付喪神たらしめる威厳はないに等しい。湯たんぽ扱いされることに不満がないわけではないが、道具として、主の役に立てるなら構わないかな。
気づくと、主の冷たい指が寝間着の内に入り込んでいる。
腹の横を撫でられて、ぞわりと小さな快感が這った。何度か腹の横を往復した後、背中のほうに手が回される。部屋の空気が湿度を増すような気がした。主の悪戯めいた目が薄闇の中で光る。
「また…」
 また今夜も。安定の唇は言葉の形だけを描いて、直後、主の指に絡め取られる。
指で安定の唇をなぞりながら、主は楽しそうに呟いた。

可愛いわ、可愛いわ。

 その言葉が麻薬のように脳に浸潤していって、あっけなく安定の意思は溶けた。
安定が主の部屋で寝泊まりするようになってから間もなく、房事は始まったのだ。以来、頻繁に体を重ねる。同じ構造をした互いの体は、もともと一体であったかのようによく馴染んだ。


 朝。目が覚めると、すでに主は布団を出て身なりを整えている最中だった。
「あ、おはよう」
 着物を羽織りながら微笑む。むき出しの肩や胸が眩しい。安定は寝ぼけ眼をぱちぱちさせる。
「あと半刻で朝餉よ。安定も準備をして。一緒に行きましょう」
 うなずいて布団をめくる。一糸纏わない体に、朝の外気が冷たくしみる。

 大広間で食事をとっていると、やってくる刀剣男士たちが次々に主に挨拶をしてくる。だが隣にいる安定に声をかけるものは少ない。
 きっちりと戦支度をした刀剣男士たちをぼんやりと眺める。彼らの顔は程よい緊張で引き締まり、血気がみなぎっていた。僕とは全然違う生き物みたいだ。なんだか少し怖い。
実際、主の横でのうのうとご飯を食べている安定を見る刀剣男士たちの目は冷たかった。

(女人の体で生まれてきてしまったものは仕方ない。戦に出れないことも、主が決めたのだから従うしかあるまい。しかしなぜ、何の武功も立てないくせに主の寵愛を欲しいままにするのか。)

 主は他の刀剣男士とは寝ない。夜伽の相手を務めるのは、女の体をした安定だけだった。それが刀剣男士たちの不満を生んだ。
 ぴりぴりと刺す視線に、安定が気づかないわけはない。理不尽な嫉妬だとは分かっていても、肩身が狭くなる。
 主だって馬鹿ではない、刀剣男士たちが安定をよく思っていないのは理解していた。だからこそ、安定を守るため常にそばに置く。それが余計に刀剣男士たちの不満を呼ぶ。負の連鎖だ。
昔、同じ主に振るわれていた加州清光ですら、安定を気味悪いものを見るような目で見てくるので辟易する。旧友のよしみで、少しくらい仲良くしてくれてもいいのに。
 ため息を飲み込んで、あまり味のしない朝ご飯を食べ終える。今日も安定はいつもと同じ、主の傍に控えて、屋敷の中の雑務をこなすだけだ。

 その日、どうも腹部が重いと思ったら、月のものが来ていた。
 下着を替えなくては。
 安定は汚れた下着を脱いで、主にもらった生理用のショーツを身につける。部屋の奥からナプキンを引っ張り出す。
初めてこれが来たときにはびっくりした。病気かと思って主に泣きついたのを覚えている。主も驚愕していた。まさか女の体とはいえ刀剣男士に生理が来るとは想像しなかったようだ。
これは赤子を作るための機能だという。主に説明してもらった。大人の女の人は毎月、この赤いのが訪れるらしい。女人とは大変なものだ。
 それにしても、刀である自分に性機能が備わっているとはおかしな話である。
 生理が来ることが判明して以来、主は前よりも増して安定と他の刀剣男士を接触させないようにした。曰く、間違いが起きたら困るからという。
男女の性行為の何たるかは、一応主に説明を受けた。が、とてもそんなことしたいとは思わない。
安定が忠誠を誓ったのは主だけだし、体を開くのも主だけだ。他の刀剣男士と寝るなんて考えただけで吐き気がする。
「生理がきちゃった」
 執務室で書き物をしている主に報告する。
主は少し目を見開いて、そう、とうなずいた。
なぜわざわざ伝えるかというと、夜伽に影響があるからである。布団を血まみれにしたくはない。

 しかし、主は少しの間のあと、下卑た笑みを浮かべた。
「楽しみね」
 ぞくりと腹の奥が疼く。頭に血が上るのを感じた。筆を握る主の指、その白い輝きが目を射る。美しいのにとても厭らしいものに見えて、そんなふうに感じる自分が一番汚らわしく思えた。

 かくして、その日の夜、安定が風呂を沸かした旨を伝えると、主はにっこりと笑った。
「一緒に入りましょう」
バスタオルと新しい下着を抱えて、安定の背を押す。
「……でも僕、生理中だよ」
形式だけの抵抗を口にする。主は聞く耳持たず、ぐいぐいと体を押されて風呂場へ連れて行かれる。本来は主専用の風呂場だ。二人で立つと少し狭い。が、苦になるほどではない。
「はい、ばんざいして」
子供に命じるかのような物言いに、さすがの安定もむっとした。
「自分で脱げるよ」
しかし、そう言った手前、主の前で血まみれの下着を外すはめになる。恥ずかしさに顔が赤くなった。じりじりと躊躇いながら服を脱ぐ様を、主は楽しそうに眺めている。上半身の服を脱いで、最後にショーツを下ろした。案の定、ナプキンには経血がびったりと付着していて、独特の匂いが鼻をつく。涙目になっている安定の頭を撫でて、主は自分の服を脱ぎ捨てた。
浴室への戸を開けると、蒸気がむっと体を包む。
足裏に、冷たいタイルの床が触れる。
「まずは綺麗にしないとね」
主がシャワーのつまみを回す。流れ出す温かいお湯。それが足元にかかったと思ったら、主がヘッドを掴んで股に湯が当たるようにしてきた。
「ちょっ、ちょっと主」
勢いのいい水流が太ももを打つ。ぴっちりと足を閉じている安定に、
「ほら、足開いて?血が流れないでしょう?」
責めるような口調で言う。仕方なく、少しだけ足を開く。水流が股の間に入り込んでくる。くすぐられるような感覚に身をよじった。
「もっと開かないと」
主が足を割り込ませてきた。ぐい、と開かれると共に、シャワーを股の下から当てられる。今度こそ水流が直接陰部を打って、安定は身悶えた。
「わぁ、すごい。安定の血がいっぱい流れていくよ」
見たくもないのに視線は下を向いてしまう。白いタイルに、赤黒い血の塊がぼとっ、ぼとっと落ち、重たげに水流に押されて流れていく。あれが自分の体内から出てきたいわば排泄物のようなものだと思うと、かっと頬が熱くなった。そんなものを主の前で晒すなんて羞恥極まる。同時に浴室に広がるのは濃い血の匂い。頭に急速に血がのぼる。血の匂いを嗅ぐとおかしいほどに興奮してくる。刀としての本能を揺り動かされるのだろうか。
一方、機械であるところのシャワーの攻め立ては容赦ない。熱い湯が膣口を擽り、中の浅いところに入り込んでくる。
「んっ…! ん、うっ」
足踏みをするようにその場でもがく。恥ずかしさと湯の熱さ、そして敏感な部分を絶えず刺激される感覚。
「だいぶ流れたけど、まだ綺麗になってないよね?」
互いの乳房が触れ合うほどに近づいてきた主が、片手を安定の腹に伸ばす。臍の下から陰毛に手を入れられ、そのままわしわしと掴むように引っ張られた。
「いっ?! なに、やめて…」
急な痛みと刺激に涙ぐむ安定。主は意にも介さず、シャワーの湯を器用に当てながら、こびりついた経血を洗い落としていく。
「やだ…っ、恥ずかしいよっ」
ふるふると首を振る。無意識のうちに太ももを閉じていたため、主の手を咥え込む形になっていた。
「これではシャワーが当たらないよ」
どんなに抵抗しても結局主の命令に従うように出来ている体は、彼女の望むままに足を開いてしまう。開いたところにぐっとシャワーの頭を押し込み、指で割れ目を縦に擦るように撫でられる。水流と主の指の刺激の両者が合わさり、強過ぎる快感が襲ってきた。
「あっっ!! あんっっ! ひゃ、あるじぃ!!」
膝が戦慄き、立っていられなくなる。背後の壁に必死で手を這わし、張り付くような格好でなんとか体勢を維持した。みっともなく手足を広げた安定を、主は嘲笑を含んだ目線で眺める。
「洗うそばからぬるぬるしたのが出てくるよ?これじゃあいつまでたっても綺麗にならないじゃない。いやらしい子だね。ほら、もっとよく洗ってあげるから足を上げて?」
いったんシャワーを壁にかけた主は、安定の太ももに手を置いた。そのまま片足を引っ張られる。誘導されるままに足を上げた。膝を曲げ、浴槽の縁に足を置く格好をさせられる。腰のあたりまで足を上げ、大きく股を開く形になった。主に向かって陰部を曝け出す。水と粘液が合わさった秘裂は、ひくひくと痙攣しながらぬるついた光沢を放っている。安定はすっかり真っ赤になっていて、恥ずかしさをなんとかしようと唇を噛んで床を睨んでいた。その光景に主は満足そうに笑み、再びシャワーを手に取る。
あの暴力的なまでの水流が、大きく開いた陰部に浴びせられる。その感覚を想像して安定は身震いした。次の瞬間には想像通りの快感が襲ってくる。悲鳴のような嬌声が漏れる。
主は二本の指で秘裂を横に広げると、そのままぐいと引き上げた。剥き出しになった陰核に、強過ぎるシャワーの水流が直撃する。その激しさは、叩きつけるというより抉るに近い。耐えきれずに身をよじれば、強烈な水流の一本一本が愛撫するように陰核をよぎり、さらなる快感に苛まれる。過ぎた快感は苦痛に等しい。
「あーーっっ!! っやら、やめてっっ! も、苦しいよぉ!! んあっっ?!?!」
泣き喚く安定の中に、ぐりと主の指が侵入した。
細くしなやかな棒状のものが、期待に充血しきった膣内を蹂躙する。狭い肉の壁をかき分け、柔らかく波打った襞を擦り上げる。経血とは違う、熱い体液が噴き出してくるのが自分でも分かった。
安定の意思とは無関係に、中はきゅうきゅうと締まって、卑しく主の指を絡め取る。
いまだシャワーの湯は陰唇を殴打していて、休まるところがない。
急に下半身に冷水を浴びされたような感覚がして、続く瞬間にはそこから全身にかけて強烈な快感が駆け巡った。幼子のような哀れな悲鳴を上げながら、何度も体が跳ねる。
「ひゃぁ?!?! あっ?! やめてっっ! 今いってる、あああっっーー!!!」
達したばかりのそこをさらに横に広げ、強いシャワーで刺激してくる。腰がびくびくと痙攣し、再び、先ほどより深い絶頂の中に叩き落とされる。
引いては返す快楽の波に翻弄され、このままでは気が狂ってしまうと思い始めたころに、ようやく主はシャワーを止めてくれた。同時に、安定の中から指を引き抜く。
はぁはぁと息を震わせている安定の目の前に、指が突き出された。
さっきまで己の体内を潜っていた主の指。桜貝のように切り揃えられた爪に、赤い粘性の糸が絡み付いている。自分の腹から剥がれ落ちた血肉の一部。
「舐めたい?」
何度もうなずく。命じられるより先に口を開けて舌を突き出す。
ぬるりと口内に入ってきたそれを、夢中で吸った。鉄の味より塩の味が強い。ただの血よりぬるぬるとしている。やはりこれが純粋な血液ではない、愛液混じりの経血だと思い知るが、それでも興奮するのは抑えられなかった。口淫をするかのように喉の方まで咥え込んでは、顎を引いて前後に摩擦する。じゅるじゅると下品な音を立て、唾液を垂らしながら指を吸う。そうしていると次第に、腹の奥に新たな劣情の火が灯る。
「美味しい?」
愉快そうに笑う主に、うなずいて答える。
「安定は血が好きなんだよね。だから生理中のセックスが好きなんだよね」
張った胸を鷲掴みにされ、ひっと息を呑んだ。主の指を咥えたまま呻く。固く膨らんだ乳首を、親指の腹で潰すように捏ね回される。痛みに近い快感に、新たな愛液が滲み出してきたのを感じた。
また主の指を、今は口内にあるこの指を、腹の奥に突き立ててほしい。身体が欲している。
そう思っていたら指が抜かれた。主の指はすっかり綺麗に舐め取られ、安定の唾液で光っている。
「どうする? もっとしたい?」
「……はい」
懇願するように主の手を両手で取り、頰に擦り付ける。
そのまま手を下腹部に誘導すると、彼女は喉を鳴らして笑った。
「素直でいい子ね。でもお湯が冷めちゃうから、続きは湯船の中でしましょう」
「…うん」
気の緩んだ瞬間、膣の中に鋭く何かが入ってきて安定は硬直した。何か、って、感じ慣れたそれは主の指でしかないのだけれど。
「経血が溢れないように栓をしておいてあげるからね」
「あ……う、ありがとうございます…」
とぽんと二人分の湯が跳ねる。淫蕩の海に溺れた。


執務室にて報告書を記録していた主が、ふと横に侍っている安定の方を向く。
「そろそろ戦績が届いているはずだわ。文を取ってきてもらえるかしら」
「うん」
席を立ち、郵便受けに向かって廊下を歩いた。政府からの緊急命令は、あの管狐が直々に運んでくるが、そう重要でないものは本丸の入り口にある郵便受けに入れてもらうことになっている。毎日更新される戦績も同様だった。
廊下を歩いていると他の刀剣男士たちがちらちらと視線を投げてくる。ああ。安定が主と連れ立っていないのは珍しいのだ。一人で彼らの視線を受け止めるのは僅かに恐怖を感じた。早く済ませてしまおう。手紙をごそりと取り出し懐に入れると、安定はもと来た道を急いだ。
途中で刀剣男士の一人とすれ違った。目を合わせずに足早に通り過ぎる。
「売女」
そんなような言葉がはっきりと耳に届いた。
咄嗟に振り向くと、見覚えのある刀剣男士が憎悪を貯めた目で安定を睨みつけている。
「そんなにたくさん痕をつけて、見せびらかす気か?」
ぞっとして前を向き直る。小走りになって廊下を駆けた。心臓に包丁を刺されたみたいに、ばくばくと鼓動のたびに胸が痛んだ。
主の部屋に飛び込もうとすると、障子の向こうに誰かの話し声が聞こえた。
「…あれ」
開かない。鍵でもかけたのだろうか。
どういうことだよ、もう。
目頭が熱くなって視界が滲み出す。なんで僕ばっかり疎外されなきゃならないんだ。障子に背を向けて座り込んだ。
まもなく戸は開き、ぎょっとした声が頭上から聞こえた。
「うわっ。安定…」
涙ぐんだ目で睨み上げると、加州清光が顔を歪めてこちらを見下ろしている。
「あら、お待たせしてごめんね安定」
主がその奥から顔を出す。主の顔を見ると張り詰めていた気持ちが弛んだ。
黙って彼女のそばに擦り寄る。主は何も言わず頭を撫でてくれた。
加州清光は複雑そうな表情で安定と主を見つめていたが、「じゃーね」と黒髪を揺らして去っていった。
「なんの話をしていたの?」
「ん? ちょっとした戦術の話よ」
安定が問いかけるが、主は首を傾げてはぐらかすのみだった。
戦術の話でわざわざ鍵をかけるだろうか?
温室育ちで鈍いところのある安定にも、主が何かを隠していることは分かった。
加州清光には話せても安定には話せない秘密があるのだ。戦場に立たない安定は、刀剣男士としては信頼されていない。寵愛は受けても、公私に渡る信頼を勝ち取ることはできない。なんて不甲斐ないのだろう。己の無力さを痛感せざるをえなかった。同時に、加州を含め他の刀剣男士たちへの嫉妬と、主への鬱屈した愛情が胸の内で燃え上がる。
「…僕は好きで女に生まれたわけじゃないのに」
心の中で呟いたつもりだったのに、声に出てしまったらしい。
主がびっくりした顔でこちらを見る。しまった、と思ったが、それよりも彼女の驚きぶりが尋常でないことに安定は怯んだ。
「……本当に?」
主が声を潜める。本当に? 何を言っているんだ?
「本当に、女の子になりたくなかったの?」
「……どういう意味…?」
その時、眩暈がするような感覚が襲い、目の前に異形の怪物の姿が見えた。

開けた合戦場にいる。
安定は刀を握っている。
仲間は散り散りになり、何事かを叫んでいる。
浅葱色の羽織が翻って視界を埋める。
目の前にいるのは遡行軍だ。その一太刀が安定の身体を両断したーー。

はっとして目をぱちぱちさせる。
幻だ。主は目の前にいて、安定を覗き込んでいる。
「…安定?」
主が心配げな声音になった。首を振り、なんでもないよと答える。
「ちょっと寝ぼけてたから、顔を洗ってくるね」
懐から手紙を取り出し主の手に押し付ける。物言いたげな彼女の視線を振り切って、部屋の奥の洗面所へ向かった。

さっきのはなんだ。
鏡の中に、蒼白な顔をした自分がいる。
白昼夢のようだったが、あの光景は知っている。見たことがないはずの遡行軍の姿形、自分たちの陣形、攻め口など、ありありと思い返せるのだ。あの日の厳しい戦況や、斬られた傷の痛み、絶命するときの不思議な感覚。知っているのだ。
鏡の前の自分が、何かを訴えるような目で見てくる。
じっと自分を睨んでいると、首元の赤い染みに気づいた。
先ほどの刀剣男士の声がよみがえる。
(そんなにたくさん痕をつけて)
理解した。情事の時につけられる噛み痕のことか。毎回、主は安定の体のすみずみに痕をつけるから、当然のことと思ってわざわざ気にしたことがなかった。
安定は襟元をはだけ、腕をまくり、上半身の一部を鏡に晒け出してみた。
こうして見ると、引っ掻き傷や噛み跡であちこち赤くなっている。痛々しいほどだ。
そういえば、と思う。安定だって情事の際には主の体に傷をつけるのに、彼女の体に傷が目立ったことはない。人間の体は自然治癒力があるのだ。多少の傷は数日で治ってしまう。対する安定はどうだろうか。いつまで経っても数ヶ月前の傷が消えていないではないか。
(そうか……。違うんだ)
人間である主と刀剣男士である安定は、全く別の生き物だった。今さらになってそれに気づいた。心を絞られるような悲しみが襲ってくる。同じ女の肉体になって、抱き合って、生理までくるようになっても、安定は人間にはなれない。主と同じ位置には立てないのだ。
一方で、冷静な頭の一部が新たな疑問を浮かべる。
なぜ主は安定の傷を治さないのだろう。
出陣しない安定は、他の刀剣男士のようにお手入れをされることはない。傷を負って帰ってくる刀剣男士たちにとって手入れは欠かせないものだ。主が打粉でなぞれば、どんな深手でも魔法のように綺麗さっぱり完治する。刀剣男士には自然治癒力がないのだから、日々のメンテナンスのためにも重要なのだろう。主が資材を惜しまずに刀剣男士を手入れする光景を安定は何度も目にしている。
ではなぜ自分だけお手入れしてもらったことがないのだろう。安定が出陣しないから、負傷しないから、手入れする必要がないと主は思っているのだろうか? 情事の痕は蓄積する一方なのに。主がそれに気づいていないはずはないのに。

僕は本当に愛されているのだろうか?

鏡の中の自分が暗い目でこちらを見つめてくる。
僕が求めたのは、こんな形の愛だったのか。

と、洗面所のドアが控えめにノックされた。
「安定、大丈夫? 具合が悪いの?」
心から心配しているような主の声を聞いて、今までの疑念はひとまず収束する。
「大丈夫だよ」
服を整えてドアを開ける。
「顔色が悪いね。生理のせいかな?」
主がやはり心配したように頬を撫でてくる。
「今日は暖かくして寝ようね」
優しく髪を撫でられ、安定の心は簡単に解けてしまうのだった。


ある日、主はこんのすけとの対談があると言って、午後になると安定を執務室から追い出した。
別室で時間を潰していてねと言われたため、あてがわれた部屋に向かって廊下を歩いているところだった。

「おい、安定、こっち!」

急に黒い影に手を引かれる。足がもつれ、咄嗟についていく格好となった。
「加州清光??」
ぐいぐいと安定の手を引くのは馴染みの打刀だった。
「ちょっと、何するのさ!」
突然のことに動揺を隠せない。立ち止まろうと彼の手を引っぱったが、強い力で逆に引き返される。
「いーから、こっち」
そういえば男の手に触れたのは初めてだ。加州清光は刀剣男士の中でも華奢な部類だが、それでも安定の手より大きくて固く、力も強い。彼も似たようなことを感じていたらしく、
「お前の手、ふわふわで怖くなるな」
苦々しげにそう呟いた。
連れて行かれたのは主が指定した部屋だった。そこまではまあ、誘導してくれたと考えれば理解できる。しかし加州は安定をさらに引きずって、押入れの中に閉じ込めようとしたのだ。
「おい! なんの真似だよ?!」
怒気を孕んだ安定の声に臆することなく、加州は睨み返してくる。
「俺だって好きでやってるんじゃないの! 主との約束なんだよ! あとで迎えにくるから大人しくしててよね!」
「はぁ?」
取っ組み合ってみるが、加州に力では敵わない。彼の真っ赤な瞳を間近に見て、その目の中に畏怖と憐憫を読み取った。
「お前さ、そんな姿になってまで愛されたかったわけ?」
「は?」
「本当に覚えてないの? ……いいや、俺もう行くから。こんのすけが帰るまでここにいてくれよ。お願いだから」
懇願するように顔の前で手を合わされ、安定は押入れに閉じ込められた。
わけが分からない。
真っ暗な押入れの中で、安定は憤慨しながら膝を抱える。全く状況が掴めない。落ち着いてくると、最後に聞いた加州の台詞がぐるぐると頭の中を巡り始めた。引っかかるところがあった。
覚えていないの?
加州は何かを知っているのだ。思えば安定が女体だということだけでこんなに皆に敬遠されているのもおかしな話であったが、今の加州の態度を見てさらに疑念は深まる。
後で主と加州を問い詰めなければ、ろくな説明もないままにこんな仕打ちをされた溜飲が下がらない。

「ああ、安定、ごめんね!」
押入れの扉を開いたのは主だった。
だいぶ心細い気持ちになっていた安定は、彼女の顔を見てほっとする。
「主、どういうこと?」
狭い場所に丸まっていたせいで筋肉が強張っている。ごきごきと肩を鳴らしながら、安定は主に向き直る。主は申し訳ないといった気配を全身で出しながら、安定の手を握る。
「ごめんね。こんのすけにあなたを会わせるわけにいかなかったの」
「どうして?」
「あなたが女の子だということを、政府に知られたくなかったのよ」
見つかったら研究対象にされて、離れ離れになってしまうから。
主はそう言って、安定を愛しげに眺める。
「……そういうものなの?」
政府のことは安定にはよく分からない。どこか恐ろしく逆らえないものだという感覚だけ持っていた。だからって押入れに隠すのもどうかと思うが。
「ねぇ主。ちょっと聞きたいんだけど」
安定が声を改めると、主はぴくりと体を緊張させた。
「僕が女として生まれたのに何か理由があるんでしょ? 僕が顕現する前に何があったの?」
じっと彼女の瞳が安定を見据える。握る手が冷たい。
「思い出せない?」
「加州清光も同じことを言っていたよ! 僕には何のことだか分からないよ」
「そう。じゃあ別の個体なのかもしれないね」
あっさりと突き放すように言い、主は踵を返した。
「主?!」
急に手を離されて慌てる。なんのことだよ。
「待ってよ! 置いていかないでって!」
必死で彼女のあとを追いかける。横に並ぶと、主は複雑そうな表情で微笑んだ。
「…ごめんね。安定は何にも心配しなくていいからね」

手を繋いで部屋へと戻る主と安定を、廊下の端から加州は悍ましいものを見るような目で眺めていた。
彼はとある一室に足を踏み入れる。
「ああ加州。結局上手くいったようだね」
暗い表情で加州を迎えたのは、蜂須賀虎徹と山姥切国広であった。
「こんのすけは帰ったよ。無事に終わってよかった」
加州は言い、山姥切が拘束しているものに目線を向ける。
それは大きな青い瞳を涙で潤ませ、怯え切った顔で三人を見上げている。
「じゃ、刀解はじめよっか」
三人が抜刀すると、手足を縛られ口をガムテープで覆われた彼は涙を流す。
「お前もう用無いって。今日の視察ためのカムフラージュ用だからね。悪いけどこれでお役御免。この本丸に大和守安定は二振りもいらないっていうのがうちの主の信念だから。しかも男の安定なんて価値無いってね」
「勝手を許してくれとは言わないが、主の命には逆らえないんだ。すまない。前の大和守が破壊されてから一体も大和守が顕現していないとなると政府に怪しまれるからね…」
「…可哀想に、お前も、写しのようなものだったな」
加州に続いて、蜂須賀と山姥切も彼に哀れみの目を向ける。
顕現したばかりの安定はぼろぼろと涙を流しながら、三人ぶんの刀が振り下ろされるのを目にした。

いつものように布団を並べて敷く。寝間着に着替えた主は、何も言わず安定の布団に潜り込んでくる。
抱きついてきた体が冷たい。いつもは優しく受け止めてくれる彼女の胸が、今夜はひどく心細そうに感じた。柔らかい背中に腕を回す。安定が主をあやしているような格好になった。
「こんのすけに会って疲れたの?」
ぽんぽんと背中を叩いてやる。主は顔を安定の胸元に押し当ててきた。抱き締める体から僅かに鼓動が感じ取れて、それが何よりも尊く、心が安らいだ。
やがて息が苦しくなったのか、主はすぽんと顔を出す。髪が乱れて幼く見える。
「みんな女の子だったら良かったのにね」
何を思ったか、唐突に彼女はそう言った。
安定の動きが止まる。
「どうして?」
みんなが女の子だったら、僕が主の愛を独り占めできないじゃないか。
「…ごめんね」
今日の主は謝ってばっかりだ。別に謝ってほしいわけじゃないのに。僕を愛してほしいだけなんだ。
「僕のこと好き?」
尋ねると、主は顔を崩した。
「もちろん。誰よりも好きよ。愛してる」
その言葉で心は満たされる。
「この本丸で女の子は私と安定だけだもの。あなたより大切な刀剣男士なんていないわ」

そう、主は女の人しか愛せないから僕は女の子になったんだ。
どこからかそういう思いが脳内に浮かんだ。それは確信めいた発想で、なぜかそれで納得する自分がいる。

主は擽るように髪を撫でてくる。
今夜の主は寂しそうだから、僕の方から抱いてあげようと思った。
そっと体を弄って、服の下に手を這わす。
吐息の熱が上がる唇を触れ合わせながら、柔らかい海の中に指を沈めた。


愛されるためになら生まれ直す。愛がなんだかよく分からないくせに求めずにはいられない。
大和守安定はそういう刀なのだ。

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