人の心が備わっていないから、さっきまで愛を紡いでいた唇で貴方は
「虚しいね」
なんて言うのだ。柔らかく湿った音を奏でる口が俺の心を刃物のように傷つける。腕の中の体温は薄い笑みを浮かべたまま遠い場所を見つめている。

「どうしたのですか」

掠れた男の声が素肌の表面を上滑りする。温度のある抜け殻は固まった表情のまま動かない。女の体の中心は熱くても心は凍りついているものだと、貴方を抱いて初めて知った。カーテンの向こうの世紀末みたいなしずけさ、この世に二人きりだと錯覚しそうなありふれたロマンス。浮かれているのは俺だけだったのだと、決して交わることのない貴方の目線を見て気づいた。

「好きでもない男と寝るのは虚しい」

ええ、そうでしょうね。考えれば当たり前のことを、けれど俺は目の前にいる人が告げてくるとは思わなかった。ぎ、ぎ、鋭い痛みが思考の端で弾ける。肩甲骨に食い込んだ爪がゆっくりと肌理を削っていく。

「ならばもうやめますか」

貴方は笑って首を振る。寂しいよりはマシだと、肩にしがみついて甘える仕草も優しく口付ける唇も、すべて嘘だと知って、それでも抱き締め返したのは愚かさだったのか。


軽快な音楽と鮮やかなオーナメント。冬の街を歩きながら貴方への贈り物を探す。ショーウィンドウをのぞきこむ人々は一概にマフラーをして白い息を吐いて。世の中は幸せな恋人同士であふれているのに、どうして俺たちはこんなにも不幸なんだろう。連れ立って歩くことも叶わないまま終わりを迎えそうな恋をなんと呼ぶのか。本当は分かっていた、貴方が愛されたい相手が俺ではないことなんて。プレゼントですか、と微笑みかけてきた店員に曖昧に首を振り、手に取った装飾品を棚に戻す。綺麗な鎖で縛っても、どんな言葉を注いでも、貴方の心には響かないのだから。結局俺が選んだのはなんの変哲もないマグカップだった。保温機能付きの、たっぷり入るやつ。貴方の指を温めるのはきっと俺ではないから。


「長谷部は優しいね」


想いの通わない体を数えるのにも飽きた。それでも執着をやめられない俺を、貴方は優しいと笑うのだ。本当はもっと、もっとなんだってしてあげたかった。貴方のために祈ることも、布団の中で冷たい足を温めることも、寝起きにプレゼントを用意することもできるのに。貴方が子供みたいに泣いて眠った朝には温かいココアを、そしてご機嫌取りのキスを。あるいは悪夢を払う獣のように、一晩中そばにいて背中を撫でることも。俺は貴方が望むなら何にだってなれるのに。けれど期待をしてくれないから何も与えることができない。夜明けを迎えるたびに冷えていく瞳の、終わりの色に怯えながらその時を待つ。

「マグカップ、だいじに使うわ」

撫でる指が前髪の間をすり抜けていく。その唇がさよならを告げる時が遠くであることを願っている。

「主のことが好きですよ」
「ふふ。嬉しい」
「愛しています」
「それは、やめて。信じていないの」

許します。感情を置き去りにして人間のふりをする貴方を。救うヒーローは俺じゃなくても、許します。
泣きも怒りもしない貴方を。とっくに感情なんて殺してしまった悲しい人間を。

「本当に好きな人と寝たことなんて一度もない」

それを聞いた瞬間、俺は泣いてしまって、優しく頭を撫でてくれる貴方をどうしても救いたいと思ったのに、
浅ましい口から漏れるのは「どうして俺じゃ駄目なのですか」なんて恨み節ばかりで。惨めな俺を「長谷部には人間の心が分からないから」と諭すのだ。まるで機械みたいな笑顔で。
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