「んむ、ンン…っっ…」

 甘い。昼間に食べた飴なんてとっくに消えてなくなっているはずなのに、滲み出てくる唾液が、柔らかな頰の粘膜が、蜜をまぶしたように甘い気がして。じゅるりと上顎を舐められたかと思えば舌を引っ張るみたいに優しく吸い付かれ、思わず乱れる呼吸にはお構いなしに膝丸は舌を擦り合わせて熱を分け与えてくる。ぴく、ぴく、無意識のうちに震える体はがっちりと彼の手足で囲まれ、身じろぎの一つも取れないほどにキツく抱き締められて逃げようがない。苦しい。気持ちいい。酸欠の頭の中が白く濁り、移された熱が体温を上昇させていく。

「…はあっ、あ……ひざまる、だめだよ…」
「駄目? そんなに顔を蕩けさせて言う台詞ではないな」
「あ、ああっ、ひあ、待って!」

 じんじんと麻痺したような脳に強烈な刺激が走る。長い指が胸の膨らみをとらえて、柔軟な形を楽しむかのように捏ねはじめたのだ。すっかり熱くなった体は些細な刺激さえ快楽に変換する。服越しに乳首が擦れる感触すら気持ちいいのに、固く芯を持ちはじめたそこをきゅっとつままれて甲高い悲鳴が漏れた。

「ここが気持ちいいのか? 主」
「やっ、あっ、あああぁっ」
「分からないな…。それとも、こっちか?」

 股の間に脚を割り入れられたかと思えば、ぐりぐりと膝を秘部に押し当てられる。骨ばった脚に敏感なそこを圧迫されたらたまらなかった。じわりと濡れたそこから愛液が染み出してきたのが分かる。はしたない声があふれそうになる口を押さえ、懸命に耐えていたのに、呆気なく膝丸の手に引き剥がされてしまう。

「どうして隠すんだ。可愛いらしい声を聞かせてくれ」
「んあっ…あンン、やだあ…恥ずかしいからっ…」
「そうか。口を覆いたいならこれを咥えてくれ」

 手袋をはめた膝丸の人差し指が差し出される。言われるがままに黒の布地に軽く噛み付くと、そのままズルリと引き抜かれ、白く美しい素手があらわになった。あっ、と声を漏らした途端に咥えていた手袋が落ちる。

「いい子だな。反対側も外してくれ」
「ぁっ、む、ぅ…、えっち…」
「この程度で狼狽えてもらっては困る。もっといやらしいことをするのに、気が持たぬぞ。ほら、手を挙げろ」

 両手とも剥き出しになった膝丸に服の裾をぺろりとめくり上げられて、ひんやりした空気が胸元に入ってくる。そのまま万歳をするみたいに一気に脱がされて、あれよあれよという間に下着姿にされてしまった。膝丸がごくっと喉を鳴らしたのが聞こえて恥ずかしさと卑猥さにおかしくなりそう。しかし、肩の紐をずらしたはいいが、後ろの留め具外し方が分からないのか、もどかしげに声を荒げた。

「邪魔な布だな。叩っ斬ってしまおうか」
「ひいっ?! や、だめだめ、脱ぐから!」

 こんな至近距離で太刀を振り回されたら心臓が止まってしまう。物騒な台詞に慄きながらあわててブラを外して放り投げると、膝丸は満足そうな笑みを浮かべた。まさかそれが狙いか…。さらけ出された白い乳房をムニッと掴んで揉みしだき始める。ぎゅうっと締め付けられれば指のすきまから柔らかな脂肪がはみ出し、すっかり固く桃色に腫れた乳首を挟んで扱かれたらもう駄目だった。じいっとそこを見つめていた膝丸がおもむろに胸の先を咥える。温かく濡れた粘膜。しめった舌に乳首をつつかれながらちゅうちゅうと吸われると、お腹の奥からふわふわした感覚が込み上げてくる。気持ちいい。力が抜けて立てない。今にも崩れ落ちそうなのに膝丸に無理やり支えられて、しかも下半身の服も降ろされて濡れた下着一枚になる。さすがにまずい、これ以上は駄目だ。

「だめっ…! 膝丸、もう終わりにして…」
「ん、じゅっ、終われるわけがなかろう? 君のここだって期待して潤んでいるではないか」
「あんっやあっ、さわっちゃ…!! やめてってば…!」

 トントンと軽く叩かれるだけで敏感になったそこから快感が走る。じわっとあふれた汁が薄い布から染み出して膝丸の指を濡らしてしまいそうだ。これ以上の恥を晒すわけにはいかない。勢いよく体をねじれば案外抵抗なく彼の腕から逃れられた。急いで床に落ちた服を拾い、おぼつかない足取りで襖に向かおうとするが、

「往生際が悪いな」
「わっ?!」

 足元を払われてバランスを崩し、前につんのめりそうになった体を膝丸が抱き止める。畳の上にうつ伏せに転がされて体重をかけてのしかかられ、とうとう身動きが取れなくなった。ああ、どうしよう。ほんとに犯されちゃうのかな。と想像すればぞくぞくと熱い震えが下腹部に走る。腰を揺らした途端に最後の砦であった下着を脱がされた。

「糸を引くほどに濡れているな。これで嫌がっても説得力がない」
「見ないでよぉ…」
「ほら…またあふれてきた。俺のを挿れる前にもう少し濡らしておくか」
「ひあっ?! ああぁああっやらっなめたらっ…きたないよ…っああンっ!!」

 熱いものに割れ目を撫で上げられる。なにをされたかのか理解しても遅かった。長い舌が犬のように這い、剥き出しになった穴も豆もひとまとめにじゅるじゅると嬲られる。唾液をまとったそれは滑らかに何度も何度も秘部を往復し、かと思えばぢゅっと柔らかな肉に吸い付いて刺激を加えてくる。膝丸の綺麗な顔が股の間にあるなんて信じられないほど恥ずかしい。死んでしまいたい。弱々しい力で逃げようとすればお尻の肉を掴まれて阻止され、ぢゅうぢゅうと卑猥な音を立ててそこを吸われた。

「あっああああああ!! やめっっはなしてっっイくっいっちゃうっっ…!!!」

 私の声なんて制止にもならないのだろう。膝丸は跳ねる腰を強引に押さえつけどろどろに蕩けた穴に舌を差し入れる。吐き出した愛液を再度塗りつけるようにじゅぽじゅぽと摩擦され、ナカが小刻みに痙攣して絶頂に達した。体を支える腕が崩れ、ぺたりと床に頰をつけて下半身を震わせる。

「ん…、これだけ濡れれば大丈夫だろう」

 後ろで膝丸の声が聞こえ、続いてカチャカチャと金具を外す音に飛びかけた意識を覚醒させた。まさかと振り向くと、ぶるんっと勢いよく勃起した肉棒が飛び出すところだった。見上げるそれは体の中心で赤黒く濡れてそそり立っている。あんなに興奮していたなんて。薬の効果とはいえ私に対して欲情してくれているんだと思えば背徳感より嬉しさが勝った。

「主…挿れるぞ」
「っ…だめだよ膝丸……! 後悔するよ…」
「何故だ? なにを悔やむことがある?」
「だって薬の効果が切れたら、私のこと好きじゃなくなるんだから、っ、好きでもない女を相手にして…っあああああああぁぁ?!?!」

 ずぶずぶずぶっ、言い切る前に硬いものがなんの躊躇もなく叩き込まれる。四つん這いの獣みたいな格好で猛った陰茎を受け入れ、一気にお腹の奥まで貫かれた。膝丸は突き入れた勢いそのままにピストンを開始する。バチンッ、バチンッと高く鳴る衝撃音は容赦なく、苛立ちすら感じさせる荒々しい腰使いで責め立てられる。

「はっ……君は馬鹿だ。俺の気持ちが、一時の気の迷いだとでも思うのか」
「あああああっっ……!! や、あああぁんんっっ!!」
「そもそも君が無邪気な顔をして俺に媚薬を飲ませたのがいけないのだ…。俺がいつもどんな思いで主を見ているかも知らずに…!」

 熱に浮かされたような膝丸の言葉はどこまでが本気なのだろうか。真意を問いたくてもガツガツと肉棒を突き立てられ揺さぶられる喉からは濁った喘ぎ声しか出ない。息を荒げながら激しく腰を振る膝丸がどんな顔をしているのかすら分からなくて。嬉しいのと怖いのとが増幅して快感に加速をかける。
 互いの体液でぬめりを増した膣内は後ろから忙しなく叩きつけられても痛みはなく。ぎりぎりまで抜かれて、逆立ったヒダに先端のくびれを引っかけるみたいに摩擦されたあと、勢いよく奥まで突き立てられる。お尻が潰れるほどに硬い腰を密着されて頭の中が真っ白になる。

「あぁあぁイくっっ……い、ぁぁあぁああ〜〜ッッ!!」
「達したのか、っ、中が締まるな…。主の中はとても気持ちが良い」
「や……ぁ゛……ッ、も、くるし、抜いてっっ……」
「君のせいでこんなにも体が熱いのだ。俺が満足するまで付き合ってもらうぞ」

 達したばかりだというのに膝丸は遠慮なく抜き差しを続行する。狭い穴をめいっぱい広げて、ざらざらしたヒダを掻きむしり。硬い肉棒を締め付けた膣壁が、その猛々しい形を捕らえるように絡みついてうねる。気持ちいい、また、目の前がちかちかして絶頂に押しやられる。畳の目に爪を立てて背中を震わせる間も、中が変形してしまうくらい力強くえぐられる。

「〜〜〜っっもうやらっっあああぁっ!! とまってっ…ああっ…!! ずこずこしないでぇ…!」
「だめだ、止まれるわけがない…君だって、ここを擦られるのが好きだろう?」
「いあっっっ…きもちいっあああぁああっ!!!」
「ああ、俺も……出そうだ…」

 ぐりっぐりっと子宮口に亀頭が食い込む。痛みに近い快感と、臓器を突き上げられる圧迫感に涙がこぼれた。根元まで差し込んだまま膝丸が腰を揺さぶって、串刺しにされた子宮が悲鳴を上げる。もうイく。つま先がきゅううと丸まってお腹の奥にも力がこもる。柔らかなヒダが膝丸の陰茎にしがみつき、絶頂の泡が弾けた途端、切っ先から熱が噴き出した。
 びくんびくんと太いものが膣内で跳ね上がる感触すら苦しいほどの快感で。どっぷりとお腹の中を白濁に満たされながら絶頂を極めてしまう。
 不規則に腰を痙攣させるだけの私からゆっくりと膝丸が体を離し、圧迫感が消えていく。大きな肉棒を抜かれた穴はごぽっといやらしい音を立てて、注がれたばかりの子種を垂らした。

「ふぁっ……ひざまるの、せいえきが…っ…いっぱい…」
「…この程度では終わらないぞ」

 どろどろに濡れて光る陰茎は欲を放ったばかりだというのに上を向き、再び中を穿つのを待ち構えている。これ以上されたら壊れそうで怖くなるけど、膝丸がそんなに欲情してくれている事実が嬉しくて。そう、嬉しいけど……これは薬が作り出したひと時の幻。膝丸が本心から私を抱いてくれているわけじゃない。喜びから一転、泣きそうになってぐっと唇を噛めば、快楽に耐えていると勘違いした膝丸が不敵に笑みを浮かべる。

「まだ強気な顔ができるのか。まあいい、俺も満足していないからな。すぐにその顔を快楽に蕩けさせてやろう」

 横向きに倒されたと思えば片足を担がれて肩に乗せられた。大きく開いた脚の間に膝丸が腰を近づけてくる。松葉崩しっていうやつだろうか、こんな恥ずかしい格好したことがない…と思っていたらぷちゅっと膣口に濡れた亀頭が当たる。こぼれた白濁に先っぽを絡めて弄ぶ様が卑猥でたまらない。

「吸いついてくるな……これが欲しいか?」
「やあ…っ……いじわるしないで…」
「君の口から言ってほしいのだ。俺ばかりが主を求めているようで寂しくてな」

 ずるい。私の大好きな顔で、欲に塗れた瞳を寂しげな色に光らせて、ひっそりと呟かれたら。体だけじゃなく心までもほだされてしまう。ちゅぷちゅぷと先端で穴の縁をくすぐっている膝丸に恥ずかしさを堪えて懇願した。

「っ……、う…、ひざまるの……おっきいの…、いれて……」

 言った瞬間にドロッと愛液があふれてくる体が浅ましい。膝丸はにっと牙を剥いて笑い、入り口で遊んでいたそれをぐぷぐぷと中に潜らせていく。さっきより深く、角度を変えた肉棒に奥の奥まで貫かれ、閉じかけた膣壁がみちみちと彼の大きさに広がっていく。生々しい男の感触。ビクンと魚みたいに跳ねた体は両手両足で押さえつけられ、体重を乗せた一突きが奥をえぐる。

「ああ゛っっ!! うあっ、ふかいっ、おく、ごんごんって…!!」
「ここが君の子袋か。この、コリコリするところが好きなのだな」
「んゃあああああーーっっ?!?! だめっそこぐりぐりしたらあっ……や、らめっいっっ…!!」
「ああ、いいぞ。イけ。君の一番大事なところを犯しながらイかせてやる」
「やあっっちがうっ…!! ぁ、あッ、イっちゃ…まっ……おねがいっ、でちゃうぅっ!!!」

 下腹部がきゅううと収縮する感覚。いやいやと首を振る私をさらに追い詰めるように膝丸は腰を遣い、何度も打たれて柔らかくなった子宮口を苛めてくる。
 ああ、だめ、なんか来る。もう、我慢できない…!
 お腹の奥の快感が水を入れすぎた風船みたいに弾ける。あふれ出した奔流が腰から脳に至るまでの細胞をぶるぶると震わせた。熱い、熱くて溶けちゃいそうな結合部から、ぷしゅぷしゅと水っぽい体液が噴き出してきて互いの肌を濡らす。ただイくのとは違う。快感以外の感覚が麻痺してしまったみたいだった。雄を咥え込んだ膣内はもちろん、畳に擦れる肌も、酸素を取り込もうと鳴らす喉も、ぜんぶ全部きもちよくて思考がショートする。恐怖に似た絶頂は、長く、息も声も奪うほどに、強烈だった。

「主?」
「あああぁッ………!! うあっ……ひ、ぐゥ……っ! う……」
「はは……そんなに善かったか。好きな女が俺の手で悶える様は素晴らしいな」

 息も絶え絶えに痙攣する私を嬉しそうに見下ろし、男はまた律動を開始する。緩く前後に揺するだけでも意識が飛びそうなほど気持ちいいのに、だんだんと早くなる動きにまた、わけが分からなくなる快感が襲ってくる。もう膝丸が体の一部みたいに深く深く食い込んで、境目さえ曖昧なほど隙間なく繋がって。熱い楔を打ち込まれるたびに子宮が甘く痺れる。

「っあ……気持ちいい、主、ずっと、こうしたかった」
「かっ…は……っ、あ、あ゛ん…っっ…」
「はぁっ、もう、だめだ…出るっ…!」

 ごつんごつんっと激しく奥を叩かれてまた達する。こんなに疲れ切ってびちゃびちゃに濡れているのに、まだ私の体は貪欲に雄を締め付けて精を強請ろうとする。膝丸の呻き声と荒い呼吸、奥に溜まっていく重い液体。もうお腹の中は貼り付くような濃い子種でいっぱいだ。なのに、それだけでは飽き足らず、膝丸はたっぷりと飲ませた精液を子宮の中へ送り込むように奥へゆさゆさと揺さぶってくる。

「っあ……はああっ、…ひざ、まる…も、むり……くるしいよぉ……」
「悪いが俺はまだ二回しか出していないのでな…あと五回は付き合ってもらうぞ」
「五…っ?! いや、そんなっ、ほんとにむり……っ! おかしくなっちゃああぁあああ!!!」


 ああ、膝丸におかしな飴を食べさせた私が馬鹿だった。媚薬の効果が切れるまで、性欲の塊となった獣にこのまま貪り続けられるのだろうか…。どうか生きて帰れますようにと快感に塗り潰される頭の片隅で祈った。







「あ……」

 声を上げたとたん喉が張り裂けそうになる。少しでも身じろぎをすれば節々の関節が木っ端微塵に砕けそうなほど痛んだ。インフルエンザではない。隣に寝そべって私を抱き締めている男が原因である。憑き物が落ちたように穏やかな顔で寝息を立てている姿に昨夜の面影はなく、同一人物とは思えない。が、股の付け根からドロリとこぼれる液体、剥き出しの素肌に咲いた無数の赤い痕が、彼に蹂躙された証だった。

 膝丸と寝てしまった。最中、死ぬほど気持ちよくて苦しくて気が狂いそうだったけど、好きな人と体を重ねられたのはこんなシチュエーションでも幸せだった。

 でも、幸せな夢はこれで終わりだ。

 薬の効果はとっくに切れたはず。目が覚めて、現状を把握した瞬間の膝丸がどんな顔で私のことを見つめるか。想像するだけでも不安で耐えられない。ほんのいたずら心で膝丸の心身を弄んでしまった軽率な自分を恥じる。謝るべきだが正気に戻った彼と直面する勇気はない。卑怯だと分かっているけれど、膝丸が目覚める前に姿を隠したかった。

 するりと男の腕を持ち上げて布団から這い出ようとする。温かな素肌に触れるのもこれが最後だな。涙が出そうになった瞬間、

「どこに行くんだ?」

 寝起きの低い声が耳を打ち、離れかけた腕が強い力で体を引きずり戻す。不機嫌そうな瞳が慌てふためく私を見つめていた。

「わっ、ひ、膝丸……」
「共寝の朝に、男を残して出て行こうとするなんて無粋ではないか」

 拗ねたように言って私の体を抱き直し、裸の胸にぺったりとかかえこむ。予想外の展開に胸が早鐘を打ちはじめた。ああ、密着している肌から伝わってしまう。逃げようと背を反らせばさらにぎゅうと力を入れて抱き締められた。

「まだ夜明け前だ。起きるのには早い」
「膝丸、離して…。その、昨日はごめんね…」
「なぜ謝る? 無理をさせた俺のほうこそすまなかった」
「だって……、変な薬をあげたせいで…」

 語尾が力無く消えていく。冷静な瞳に見据えられて己の愚かさと惨めさを痛感し、泣きたい気待ちになってきた。膝丸は優しいから、私の体とプライドを気遣って声をかけてくれているのだろう。 ちゃんと謝らなくてはいけないのに、自分が蒔いた種を回収するのが怖い。

「……あの飴、ほんとに効果があるとは思わなかったの。ごめんなさい。一晩明けたら効き目は切れたでしょう? だから、ね」

 黙って言葉の続きを待つ膝丸の胸をそっと押して、私は精いっぱいの笑顔を浮かべる。

「もう、私のこと好きじゃなくていいから…。振り回してごめんね、昨日のことはなかったことにしてほしいの」

 嫌われたかもしれない。きっと幻滅されただろう。忘れてほしいなんて都合の良い台詞だと分かっている。
 もし、許せないと首を横に振られたら、彼の望む形でお詫びをしよう……。手始めに、育ち過ぎた恋心を殺して永遠に封印しなければ。と思った矢先、ぎろりと膝丸が目つきを鋭くする。

「主は俺が、あの馬鹿げた飴玉のせいで君を好きだと錯覚したと思っているのか?」
「え…?」

 違うの? と聞き返そうとした瞬間に頭を手のひらで覆われ、膝丸の胸に押し付けられた。
温かい肌の下、脈打つ心臓の音が聞こえてくる。


 どっ どっ どっ どっ どっ


 それは昨日、抱かれる前に聞いた鼓動と同じ速さだった。
 目を丸くして膝丸を見上げる。真剣な眼差しでこちらを向いている膝丸の目尻と耳がほんのり赤い。

「……聞こえるだろう。君を前にしたらいつでもこうなるのだ」
「……ほんとに? 気のせいじゃない?」
「ああ。あの飴を食べるずっと以前から、俺は君を特別に想っていた」

 頰に当たる手のひらがとても熱い。
 体温も鼓動の音も、嘘は吐けないはず。
 膝丸は本当に私のことを想ってくれているんだ。そう肌で、耳で痛感して、胸の中に湧き出る気持ちは幸福以外のなにものでもなかった。
呆然としたままの私に膝丸がふっと頰を緩め、唇に軽くキスされて視界がにじんでしまう。

「君も俺と同じなのだろう? ほら、此処が。どくどくと脈を打っている」

 優しく触れられた左の胸は言われた通り、膝丸に負けないくらいの速いペースで鼓動を刻んでいる。私の気持ちなんて筒抜けだ。かあっと顔が赤くなった。

「人の身は不思議だな。言葉にするより、伝わりやすい手段がある」
「うん…。でも、ちゃんと言わせて。膝丸のことが好き。大好きなの」
「ああ、俺も…いや、俺のほうが、主のことを好きだ」

 意地の張り合いみたいなやり取りに思わず気が緩む。お互いの脈を重ねるように肌を寄せ、赤く染まった顔を見つめて微笑んだ。
 嘘から出た真なんかじゃなくて、はじめから本当の気持ちしかなかったのが嬉しくて幸せで。勘違いしたまま抱かれてしまった昨夜のことを思い出すと頭を抱えたくなるけれど、それでも、きっかけをくれたのはあの不思議な飴だから、感謝しなくてはいけない。

「膝丸に飴をあげてよかったな…」

 薄緑の髪を撫でながら呟くと、彼はやや不満そうに眉を寄せる。

「君があれを、他の刀に食べさせたらどうしようと思って、気が気でなかったぞ。一歩間違えれば大変なことになっていたかもしれない」
「ごめんね…! まさか本当に効果があると思わなくて。だって私が食べたときにはなんにも起こらなかったから。なんで膝丸には効いたんだろう?」

 もしかして付喪神専用の媚薬だったのかも。そういえば、裏面の説明に効果には個人差がありますって書いてあったし。そんな危なっかしい商品がよく万屋に売っていたものだ。

「ともかく…、あの飴は、今後は俺以外には食べさせてはならぬぞ」
「え…、もう膝丸にも食べさせないよ。昨日みたいな思いするの嫌だもん…」

 だってあんな、めちゃくちゃなえっちは…懲り懲りだ。最後のほうは記憶が途切れ途切れで、わけのわからない言葉を口走っていた気がする。お互いのいろんな体液でどろどろのぐっちゃぐっちゃの大惨事だったはずだ。ほら、今だっていいムードが流れているけど、身動きをすれば太ももに精液がこびりついている感覚がするし…シーツはゴワゴワするし…。好きな人との初えっちとしては最悪な気がする。いや、最高に気持ちよかったけど。


「すまない、初めてにしてはさすがにやりすぎたな…。だが、俺はいつでもあれくらい出来るからな。覚悟しておいてくれ」
「うそでしょ…、も、もうしばらくあんなのは御免だからね?!」
「む…君がそう言うなら…。まあいい。今日からはいつでも、こうすることが出来るのだからな」

 膝丸の腕がきゅっと背中に巻きつき、再び胸に押し付けられたかと思えば、唇に柔らかな感触が降ってくる。ああ、ほだされてしまう。これから先、私は大好きな膝丸に簡単に流されてしまうんだろうな、と思えば幸せしか感じなくて、目を閉じて優しい口付けを受け入れた。

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