※異形出産


 カタカタと音を立てて建てつけの悪い襖が開く。殺風景な部屋に入ってきた男は畳の上に散らばる縄を見てふむと首を傾げたあと、深いため息をついた。

「主。また死のうとしたのか」

 素足のまま膝を抱えてうつむいている私の視界に、こちらに這い寄ってくる蛇の胴が映った。

「妊婦は神のものなのだから、この場に君を傷つけられるものなどないのだぞ」

 呆れたように断片を拾い向こうに投げ捨てる。
 用意した縄は首にかけた瞬間にぶつりとちぎれて使いものにならなくなった。
 以前、短刀で胸を突こうとしたときもそうだった。肌に触れたとたんにその鉄の塊は砂糖菓子のようにぽろぽろと崩れてしまった。男の言葉に嘘はないらしい。

「御身を大切にしてくれないと悲しい」

 君一人の体ではないのだから。
 はだけた着物の上から撫でられる腹部はまるく張り出している。己が膨らませたそこを愛でながら膝丸は目を細める。

「元気に育っているではないか。子を産むのはもう何回目にもなるだろう。まだ慣れないのか」
「……やだ」

 頭の半分で無駄だと理解していても自死を試みたのには理由がある。今朝からじんじんとお腹が痛くてたまらないのだ。この痛みの正体はおのずと分かってしまう、彼の言葉通り何回も経験しているから。
 戦場を駆ける目ざとい彼が私の体調の変化に気づかないわけがない。

「……痛むのか?」

 労わるように当てられる手のひらの温かさが憎い。産気付いていることを隠していたのに、こうしてバレてしまったらいつものように『手伝い』をされてしまうのだ。

「案ずるな。いまに、楽にしてやろう」

 いやいやと首を振るが、後ろから抱きすくめられて宥めるように囁かれてはお終いだった。
 ズプッと濡れた感触と共に首筋に痛みが走り、痛覚を麻痺させる毒を注入される。またたく間に腹部を苛んでいた痛みが霧散する、毎回この麻酔のような効能には驚く。しかもただの麻酔ではない。あらゆる刺激を快楽に変えてしまう劇薬なのだ。

「もう痛くはないな?」

 するり、撫でられたところから肌が熱くなって湿った吐息をつく。男の手が襟元を滑り着物の合わせを開いていくと、なだらかに膨らんだ白い腹があらわになった。中身を確かめるようにじっとりと撫でられると、そこに息づいているものがぴくんぴくんと反応する。

「外に出たがっているな。主、頑張って産んでしまおう」

 蛇の子は数週間で産まれてくる。
 こうして膝丸に出産を手伝われるのはもう何回目になるのだろう。慣れた手つきで下着を脱がせ太ももを開かせる一連の動作には逃れる隙がなかった。

「腹に力を入れるんだ」

 言われなくても子を産む手順は体に染み付いてしまっている。しかし返答するより前に長い尾がぐるぐると伸びてきて膨れた腹に巻きついた。強靭な筋肉がごく弱く締めつけてきて、下へ下へと送り出そうとする圧迫感を強めていく。

「頑張ってくれ」
「ーーんっ、ふっ…うっ、ふっ……」

 産みたくない、産みたくないと思っても、妊娠した体は雌としての機能を果たそうとする。腹の中でうごめく無数の子供たちが外界を待ち望んで激しく壁を叩く、その刺激すら快感に変換してしまうのだからたまらない。

「此処も開いてきたか?」
「あぁああっ……!」

 秘裂に指を添わされたとたん、ぷしゅぷしゅと潮を噴くみたいに羊水が畳を濡らしていく。小刻みに震える股ぐらがわななき、内ももがひくひくと痙攣する。ずるっ。ずるっ。時折引っかかりを覚えながらも下っていく我が子の軀が産道を押し広げていく。

「あと一息だ。早くなったな。母体に負担をかけないいい子だ」

 膝丸の指が額に浮かんだ汗を拭ってくれる。羊水と愛液が潤滑油の役割を果たし、うねる蛇腹にぐうっと押し込まれた拍子に一気に膣道を下りていった。
 ブチュブチュと膜に包まれた細長い生き物が股から飛び出してくる。体の内部から外へ、敏感なところを凸凹したものに摩擦されて絶頂を極める。生ぬるい液体が足を濡らし、次から次へと蛇の子が床に落ちるたびお腹の中にあった圧迫感が薄れていく。
 とうとう最後の一匹まで産み落として、疲労のあまり立てなくなった体を膝丸が支え直してくれる。足首にヌメヌメとした感覚が触れてそちらを見れば、薄い被膜を破って出てきた我が子ーー蛇骨を模した敵短刀の幼生たちが、甘えるように擦り寄っていた。

「無事に産まれてなによりだ。よく頑張ったな」
「はっ……はぁ…あっ…」

 何度やっても己の股から異形を産み落とすのはおぞましかった。
 玉のような汗が浮かぶうなじを膝丸の舌がざらりと舐め、甘い痺れにぴくんっと反応してしまう。

「可愛い俺の主。俺の妻。先月君が産んだ子はもう立派に刀を振るっている。この調子で我らの眷属を増やしていこうな」

 愛しげに唇を合わせてくる膝丸に返す言葉はない。自死すら許されない座敷の中でいつまでこの男に縛られたままなんだろう。厳重に張られた結界は他の遡行軍を立ち入らせず、同様に私が出ていくことも許さない。ただただ膝丸の帰りを待って、食事を与えられ、孕まされ、異形の子を産む。遡行軍の拠点が襲撃でもされない限り、私はここから出ることができない。

 ――過去に戻ってやり直せるならば。遡行軍の一味となったいまならそれが可能なのではないか。
 そう夢想する私の瞳に赤い光が宿っていることを、鏡のない部屋では永遠に知ることはない。

「愛している、主……。早く君にも俺を愛してほしいものだ。なに、焦ることはない、時間はいくらでもある……。いずれ必ずや、愛していると言わせてやろう」

 いつか膝丸を愛することができるのだろうか。そう思えたら幸せになれるのかもしれないと、救いのない未来に思いを馳せた。

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