・異物挿入、産卵描写あり
saninaviの求人情報
所属国:不問
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NEW! 【短期バイト】
◎審神者様募集! 誰でもできるカンタン業務 ◎激短1日〜、小判2万〜(出来高払い)◎戦績不問!初心者歓迎 ◎本丸でできる内職のお仕事です★まずは説明会へGO!
ほとんど動きのない掲示板が久々に更新されたのは今朝のことで、なにかと思えばいかにも怪しげな募集文が新着マーク付きでアップされていた。
短期高収入、業務内容は不明で謎の説明会あり。ろくでもない求人だと思いながらすぐさまエントリーボタンを押す。毎日この求人掲示板をチェックしていた私は、得体の知れないバイトにも飛びつかなければならないほど困窮していたのである。
一刻も早く大金を稼がねばならない。
事の発端は、知り合いの審神者に会員制のクラブに誘われたことだった。
そこはカンスト済みの刀剣男士たちが暇つぶしと小遣い稼ぎを兼ねて働いているところで、賭け事をはじめとする娯楽からホストクラブのような接待まである、夢のような場所だった。
審神者たちは余所の優しい刀剣男士たちに囲まれ、自本丸ではできない遊びに夢中になり、もれなくリピーター…もとい金ヅルになってしまう。数回通ったころにはすっかり私もATMと化していた。
もちろんうちの刀剣たちには秘密にしていたので、彼らは毎週末の夜にこっそり屋敷を抜け出していく私を不審に思っていたことだろう。怪しげなクラブに通うだけならまだ節操のない主だと咎められる程度に留まっただろうが、本丸の金を使い込んだとなると話は別である。見損なった、お前など主にはしておけないと糾弾されてもおかしくない。幸いなことにまだクラブ通いもお金をつぎ込んだことも気づかれていないため、浪費がバレないうちに失くしたぶんの小判を手に入れなければならない。
そういうわけでここ数日は友人本丸に行くと嘘を吐いて職業紹介所に通っている。当然ながら私が就職活動をしていることは刀剣たちには秘密だ。諸々の悪事が発覚したら大目玉を喰うことは間違いない。素直に白状して謝るという選択肢は最初からないので、ブラックバイトでもなんでもして稼いでやるという決意を新たに、まずは短期バイトの担当者に説明会の参加を申し込んだ。
◯
転送装置に乗りこっそりと本丸の玄関に戻ったときには夜も更けていた。屋敷の奥へ続く廊下は静まり返っていて、かすかに聞こえる陽気な声は連日のように飲み会をしている数振りの刀たちのものだろう。誰にも遭遇しませんようにと祈りながら足音をひそめてつめたい板張りの廊下を進む。日が長くなってきたとはいえ夜はまだ肌寒く、きつく襟を合わせ直した。
すると懐にしまっているものが肌に触れて、その塊の軽さとは相反して胸の内が重い気分になる。
これが先ほどの説明会で渡された『卵』。
「ある特殊な生き物の卵を孵化させる」というのがこのバイトの内容だった。
しかし甘い話には裏があるもので、短期高収入の仕事にはそれなりの理由がある。卵を孵化させるために必要な手順が想像を絶するような過酷なものだったのだ。
どうしようかなあとため息を吐いていたら自室の戸の前に到着していた。誰にも出会わなかったととりあえず安堵して部屋に足を踏み入れたとたん、
「遅かったな」
男の声に不意打ちされて飛び上がった。
叫びそうになるのをこらえて部屋の奥を見やれば、戦衣装をきっちりと着込んだ太刀が畳の上に座している。
なぜ私の部屋にいるのか。
じっとこちらを見据える視線に、膝丸、と息だけで呟くと、彼はもともと刻まれていた眉間の皺をさらに深くした。お怒りのようである。
「こんな夜更けまで一人でどこに行っていたんだ」
苦々しげな表情でたしなめるように詰問してくる。どうやらお説教モードらしい。納得できる答えを聞くまで逃がさないぞという強い意志が伝わってきて、これはまずいと思った。あー、とへらへら笑いながら私はあとずさるが、屋敷の中に逃げ場所などないので無駄な抵抗である。
「君の最近の素行は目に余る。毎日毎日友人の本丸に行くと言っては執務を抜け出し、なにをしているのか聞いても適当にはぐらかしてばかりではないか」
不満を蓄積していた膝丸は、今日こそだらしない主をとっちめてやろうと部屋に忍び込んで待機していたのだろう。真面目な彼は常日頃から私の言動に目を光らせていた。
たとえば刀剣たちとの遊びや歓談に興じていれば「我らの主たるもの威厳を持ってくれ」と、ふらっと外出して帰ってくれば「主が本丸を長く留守にするのはよくない」と、苦言を呈されたことは一度や二度ではない。
私が頼りないことは事実だが、そう言われるたびに主として認めたくないと言外に伝えられているようで心がちくちくした。たぶん相性が良くないんだろうと思う。だからなんとなく近寄りたくなくて距離を置いてしまっていた。親しくはない。膝丸もそう感じているはずだ。なのに部屋に乗り込むだなんて、よっぽど怒っているのだろう。
「主。聞いているのか。答えてくれ」
それでも、勝手に部屋で待ち伏せされたのはさすがにひどいと思う。
膝丸は根本的に私のことを信頼していないから、言動のひとつひとつが疑わしくてたまらないのだろう。私のプライベートを明かさないと気がすまないのだ。
己が撒いた種とはいえ、こうしてあからさまに自分の刀剣男士に不信感を突きつけられて、予想以上に傷ついていた。
「友人の本丸に行くと伝えたよね。帰りが遅くなったのは悪かったけど、部屋の中で待ち伏せされるのは心外だな」
今さら嘘を貫き通すことに罪悪感などない。
膝丸は少し目を見開いたあと、さらに険のある目つきになってつぶやいた。
「そんなに懇ろな審神者がいるのだな。ぜひご紹介願いたいものだ。我らの主がお世話になっていると挨拶せねばならない」
ピリピリと嫌な空気が部屋に充満する。
ボロが出ないうちにこの問答を終わらせたくて、早く撤退しろという意思表明に一歩部屋に踏み込んだ。
「もういいでしょ。今日は疲れてるんだよね」
この話は終わりだと言わんばかりに吐き捨て、脱いだ上着を衣装箪笥にかける。膝丸はじっと私を見つめていたが、やがて腰を上げた。
「そうか。だが最後にこれだけは確認させてもらおう」
言うなり、彼は驚くべき速さで目の前に躍り出て、私の視界を奪うように立ちはだかる。
その右手は腰に下げた本体の柄を握りしめていた。
「懐に隠しているものはなんだ」
ぎくっと音がしそうなほどに肩が跳ねた。
膝丸はぎらぎらと目を光らせながら胸元を見据え、今にも抜刀する寸前といった気迫をにじませている。
「そこからおかしなものの気配を感じる。なにを連れてきた? それとも取り憑かれたのか?」
懐には先の説明会で渡された卵が隠してある。
蜘蛛切の逸話のある彼だ。異質な存在をお見通しなのだろう。
「夜遊びに興じたかと思えばろくでもない妖を持ち帰ってきて…。今回ばかりは看過できないぞ。何処に行って、なにをしてきたのか、詳しく説明してもらおう」
だがその前に、怪しげな妖を斬ってしまおう。
いよいよ膝丸が鯉口を切ったので、私は慌てて両手を突き出し彼を制止する。
「待って待って! これは妖じゃないの」
「ほう。一体なんなのだ」
抜刀しかけている男を目の前に、上手い言い訳を思いつく余裕はなかった。もはや言い逃れすることはできない。
ブラックバイトに手を出すまでの経緯…クラブ通い、浪費、散財、もろもろの悪行をすべて明かすことになる。ああ、膝丸にはバレたくなかったなあ…と嘆きながらも、もうこれ以上取り繕うことはできないと覚悟を決めた。
「全部話すから…」
怒らないでね、と釘を刺したが、すでにしかめっ面で構えている彼には無意味なお願いだった。
◯
市内某所で開催された説明会には数名の審神者が集まっていた。
「今回の求人は『もち』と呼ばれる蟲の一種を大量生産するという仕事です」
研究者らしきスタッフに告げられたのはそういう内容だった。
もちは手のひらに乗る程度のちいさな生き物で、用途は愛玩の他、蠱術へ応用可能か実験段階であるという。参考として見せられた個体は見覚えのある刀剣男士をデフォルメしたような姿だった。
「もちの卵を孵化させるには、刀剣男士の霊気と審神者の霊気が必要です。生まれてきたもちは霊気を注いだ刀剣男士に似た姿をとります」
卵生なのかと感嘆して、奇妙な形のもちがうごうごと蠢くのを眺める。よく見れば可愛げがあるし、孵化させたぶんだけ収入が入るというのは割の良いバイトに思えた。
しかしそう甘い話ではなかったのだ。
「もちの卵は苗床を必要とします。審神者様の体内に卵を入れてから任意の刀剣男士の霊気を注ぐことで孵化のスイッチが入ります」
もちを愛でていた審神者たちが一斉に動きを止め、会場は沈黙に包まれた。
やがて「体内とはどういう意味ですか」とある審神者が質問する。皆の疑問を代表していた。
「少々申し上げにくいのですが、卵を体内に入れた状態で刀剣男士と性交し、存分に霊気を注いだうえで排出してもらえればもちは無事に産まれてきます」
とんだブラックバイトだった。これはもう掲示情報の詐欺じゃないか。驚きあきれる審神者たちにまずは試しにお持ち帰りくださいとスタッフがいくつかの卵を押し付ける。仕事内容には絶句したが報酬に目がくらんでいた私はその場でお断りすることもできず、懐にもちの卵を隠して帰ってきたのだった。
以上が本日の顛末。
「なるほど。主は俺たちだけでは満足せず、どこの馬の骨とも知らぬ刀剣男士たちにちやほやされて悦に浸っては金をばら撒いていたのだな」
「ご、ごめんなさい…」
「我らの主ともあろうものが本丸の金を使い込み、あげくいかがわしい仕事を引き受け、おかしな卵を持ち帰ってきたと…。言語道断だな」
膝丸の周りからどす黒いオーラが広がっていくのが目に見えるようだ。口調はいつもと変わらず穏やかだが、言葉の端々に滲まされた怒りが背筋を震え上がらせる。
真向かいで正座してうなだれたまま、私は穴があったら入りたいような気持ちと格闘していた。
はぁ、と深いため息をひとつ吐いてから、膝丸は少しだけ声音を和らげる。
「……しかし、知人の本丸に通っているというのが嘘で良かった。本当に親密な審神者がいるならどうしてやろうと思ったぞ」
この本丸を捨てて出て行くとでも思われていたのだろうか。嘘を自白した恥ずかしさとずっと騙していた申し訳なさで頭が上がらない。
「…あの、膝丸。本当にすみませんでした。もう二度とクラブには行かないし本丸のお金も使いません…。それでどうか、この後に及んで厚かましいお願いなんだけど…、みんなには黙っていてもらえませんか」
正座をしたままぺたりと床に頭をつける。だってこんなことがみんなに知れたら軽蔑の眼差しで見られること間違いない。最低だと自覚しているけど土下座でもなんでもするから秘密にしていてほしい。いやでも膝丸だからな…無理だろうな…完全に見損なったという冷たい目で私を見下しているに違いない、
「いいだろう」
驚きのあまりぱっと顔を上げてしまった。
恐れていた侮蔑の色はなく、膝丸は神妙な面持ちで私を見つめている。
「え、ほんとに?」
「反省しているのだろう? 仮にも主である君の顔に、これ以上泥を塗るつもりはない」
「ありがとう…!」
膝丸は厳しい性分だと思い込んでいたから案外あっさりと許してもらえて拍子抜けてしまった。ふだん口うるさく注意してくるのは純粋に心配しているだけで、私のことを疎んだり見下しているわけではないようだ。ずっと苦手意識を持っていたけど、こちらが一方的に誤解していたのかもしれない。
これからは少し距離を縮めていきたいなあと思った矢先、彼は難しそうに眉を寄せる。
「だが、浪費したぶんの金は早めに補ってもらわなければならないな」
「う、うん…そうだよね」
金庫はいくつかに分けており、私が横領したのは一番使わない蔵の中にあるものだったからまだ誰にも知られていないが、時間が経てばいずれバレてしまうだろう。膝丸の言い分はもっともだった。
「では、さっそくだが、そのバイトとやらに着手しよう」
膝丸は畳に置いてあったもちの卵を一つつまみ上げた。そのままずいっとこちらににじり寄ってきて、事態を飲み込めない私の目の前に顔を寄せる。
手首を掴まれた途端、やっと状況を理解してひっくり返りそうになった。
「ちょっと待って。孵化の話したよね。もちの卵は審神者とその…刀剣男士が…」
掴まれた手を振りほどこうとするが予想外に力が強くてびくとも動かない。膝丸は真面目くさった顔をして私が仰け反ったぶんだけ距離を詰めてくる。身の危険を感じた。
「膝丸、その卵がどうやって孵化するか分かってるの?」
「分かっている」
「審神者と刀剣男士がえっちしなきゃいけないんだよ…?!」
「だから、俺が助力してやろうと言っているのだ」
目が本気だった。本格的にまずいと察して逃げようと足腰に力を入れた瞬間、がしっと勢いよく両腕を掴まれて引き寄せられる。
見上げた顔は牙を剥いて笑っていた。
「隠しておきたいのだろう?」
硬直したままの私に膝丸は怪しく囁く。
私はこの男に弱みを握られている。拒否権はないのだった。
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そこはカンスト済みの刀剣男士たちが暇つぶしと小遣い稼ぎを兼ねて働いているところで、賭け事をはじめとする娯楽からホストクラブのような接待まである、夢のような場所だった。
審神者たちは余所の優しい刀剣男士たちに囲まれ、自本丸ではできない遊びに夢中になり、もれなくリピーター…もとい金ヅルになってしまう。数回通ったころにはすっかり私もATMと化していた。
もちろんうちの刀剣たちには秘密にしていたので、彼らは毎週末の夜にこっそり屋敷を抜け出していく私を不審に思っていたことだろう。怪しげなクラブに通うだけならまだ節操のない主だと咎められる程度に留まっただろうが、本丸の金を使い込んだとなると話は別である。見損なった、お前など主にはしておけないと糾弾されてもおかしくない。幸いなことにまだクラブ通いもお金をつぎ込んだことも気づかれていないため、浪費がバレないうちに失くしたぶんの小判を手に入れなければならない。
そういうわけでここ数日は友人本丸に行くと嘘を吐いて職業紹介所に通っている。当然ながら私が就職活動をしていることは刀剣たちには秘密だ。諸々の悪事が発覚したら大目玉を喰うことは間違いない。素直に白状して謝るという選択肢は最初からないので、ブラックバイトでもなんでもして稼いでやるという決意を新たに、まずは短期バイトの担当者に説明会の参加を申し込んだ。
◯
転送装置に乗りこっそりと本丸の玄関に戻ったときには夜も更けていた。屋敷の奥へ続く廊下は静まり返っていて、かすかに聞こえる陽気な声は連日のように飲み会をしている数振りの刀たちのものだろう。誰にも遭遇しませんようにと祈りながら足音をひそめてつめたい板張りの廊下を進む。日が長くなってきたとはいえ夜はまだ肌寒く、きつく襟を合わせ直した。
すると懐にしまっているものが肌に触れて、その塊の軽さとは相反して胸の内が重い気分になる。
これが先ほどの説明会で渡された『卵』。
「ある特殊な生き物の卵を孵化させる」というのがこのバイトの内容だった。
しかし甘い話には裏があるもので、短期高収入の仕事にはそれなりの理由がある。卵を孵化させるために必要な手順が想像を絶するような過酷なものだったのだ。
どうしようかなあとため息を吐いていたら自室の戸の前に到着していた。誰にも出会わなかったととりあえず安堵して部屋に足を踏み入れたとたん、
「遅かったな」
男の声に不意打ちされて飛び上がった。
叫びそうになるのをこらえて部屋の奥を見やれば、戦衣装をきっちりと着込んだ太刀が畳の上に座している。
なぜ私の部屋にいるのか。
じっとこちらを見据える視線に、膝丸、と息だけで呟くと、彼はもともと刻まれていた眉間の皺をさらに深くした。お怒りのようである。
「こんな夜更けまで一人でどこに行っていたんだ」
苦々しげな表情でたしなめるように詰問してくる。どうやらお説教モードらしい。納得できる答えを聞くまで逃がさないぞという強い意志が伝わってきて、これはまずいと思った。あー、とへらへら笑いながら私はあとずさるが、屋敷の中に逃げ場所などないので無駄な抵抗である。
「君の最近の素行は目に余る。毎日毎日友人の本丸に行くと言っては執務を抜け出し、なにをしているのか聞いても適当にはぐらかしてばかりではないか」
不満を蓄積していた膝丸は、今日こそだらしない主をとっちめてやろうと部屋に忍び込んで待機していたのだろう。真面目な彼は常日頃から私の言動に目を光らせていた。
たとえば刀剣たちとの遊びや歓談に興じていれば「我らの主たるもの威厳を持ってくれ」と、ふらっと外出して帰ってくれば「主が本丸を長く留守にするのはよくない」と、苦言を呈されたことは一度や二度ではない。
私が頼りないことは事実だが、そう言われるたびに主として認めたくないと言外に伝えられているようで心がちくちくした。たぶん相性が良くないんだろうと思う。だからなんとなく近寄りたくなくて距離を置いてしまっていた。親しくはない。膝丸もそう感じているはずだ。なのに部屋に乗り込むだなんて、よっぽど怒っているのだろう。
「主。聞いているのか。答えてくれ」
それでも、勝手に部屋で待ち伏せされたのはさすがにひどいと思う。
膝丸は根本的に私のことを信頼していないから、言動のひとつひとつが疑わしくてたまらないのだろう。私のプライベートを明かさないと気がすまないのだ。
己が撒いた種とはいえ、こうしてあからさまに自分の刀剣男士に不信感を突きつけられて、予想以上に傷ついていた。
「友人の本丸に行くと伝えたよね。帰りが遅くなったのは悪かったけど、部屋の中で待ち伏せされるのは心外だな」
今さら嘘を貫き通すことに罪悪感などない。
膝丸は少し目を見開いたあと、さらに険のある目つきになってつぶやいた。
「そんなに懇ろな審神者がいるのだな。ぜひご紹介願いたいものだ。我らの主がお世話になっていると挨拶せねばならない」
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ボロが出ないうちにこの問答を終わらせたくて、早く撤退しろという意思表明に一歩部屋に踏み込んだ。
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「そうか。だが最後にこれだけは確認させてもらおう」
言うなり、彼は驚くべき速さで目の前に躍り出て、私の視界を奪うように立ちはだかる。
その右手は腰に下げた本体の柄を握りしめていた。
「懐に隠しているものはなんだ」
ぎくっと音がしそうなほどに肩が跳ねた。
膝丸はぎらぎらと目を光らせながら胸元を見据え、今にも抜刀する寸前といった気迫をにじませている。
「そこからおかしなものの気配を感じる。なにを連れてきた? それとも取り憑かれたのか?」
懐には先の説明会で渡された卵が隠してある。
蜘蛛切の逸話のある彼だ。異質な存在をお見通しなのだろう。
「夜遊びに興じたかと思えばろくでもない妖を持ち帰ってきて…。今回ばかりは看過できないぞ。何処に行って、なにをしてきたのか、詳しく説明してもらおう」
だがその前に、怪しげな妖を斬ってしまおう。
いよいよ膝丸が鯉口を切ったので、私は慌てて両手を突き出し彼を制止する。
「待って待って! これは妖じゃないの」
「ほう。一体なんなのだ」
抜刀しかけている男を目の前に、上手い言い訳を思いつく余裕はなかった。もはや言い逃れすることはできない。
ブラックバイトに手を出すまでの経緯…クラブ通い、浪費、散財、もろもろの悪行をすべて明かすことになる。ああ、膝丸にはバレたくなかったなあ…と嘆きながらも、もうこれ以上取り繕うことはできないと覚悟を決めた。
「全部話すから…」
怒らないでね、と釘を刺したが、すでにしかめっ面で構えている彼には無意味なお願いだった。
◯
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「もちの卵を孵化させるには、刀剣男士の霊気と審神者の霊気が必要です。生まれてきたもちは霊気を注いだ刀剣男士に似た姿をとります」
卵生なのかと感嘆して、奇妙な形のもちがうごうごと蠢くのを眺める。よく見れば可愛げがあるし、孵化させたぶんだけ収入が入るというのは割の良いバイトに思えた。
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以上が本日の顛末。
「なるほど。主は俺たちだけでは満足せず、どこの馬の骨とも知らぬ刀剣男士たちにちやほやされて悦に浸っては金をばら撒いていたのだな」
「ご、ごめんなさい…」
「我らの主ともあろうものが本丸の金を使い込み、あげくいかがわしい仕事を引き受け、おかしな卵を持ち帰ってきたと…。言語道断だな」
膝丸の周りからどす黒いオーラが広がっていくのが目に見えるようだ。口調はいつもと変わらず穏やかだが、言葉の端々に滲まされた怒りが背筋を震え上がらせる。
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はぁ、と深いため息をひとつ吐いてから、膝丸は少しだけ声音を和らげる。
「……しかし、知人の本丸に通っているというのが嘘で良かった。本当に親密な審神者がいるならどうしてやろうと思ったぞ」
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「…あの、膝丸。本当にすみませんでした。もう二度とクラブには行かないし本丸のお金も使いません…。それでどうか、この後に及んで厚かましいお願いなんだけど…、みんなには黙っていてもらえませんか」
正座をしたままぺたりと床に頭をつける。だってこんなことがみんなに知れたら軽蔑の眼差しで見られること間違いない。最低だと自覚しているけど土下座でもなんでもするから秘密にしていてほしい。いやでも膝丸だからな…無理だろうな…完全に見損なったという冷たい目で私を見下しているに違いない、
「いいだろう」
驚きのあまりぱっと顔を上げてしまった。
恐れていた侮蔑の色はなく、膝丸は神妙な面持ちで私を見つめている。
「え、ほんとに?」
「反省しているのだろう? 仮にも主である君の顔に、これ以上泥を塗るつもりはない」
「ありがとう…!」
膝丸は厳しい性分だと思い込んでいたから案外あっさりと許してもらえて拍子抜けてしまった。ふだん口うるさく注意してくるのは純粋に心配しているだけで、私のことを疎んだり見下しているわけではないようだ。ずっと苦手意識を持っていたけど、こちらが一方的に誤解していたのかもしれない。
これからは少し距離を縮めていきたいなあと思った矢先、彼は難しそうに眉を寄せる。
「だが、浪費したぶんの金は早めに補ってもらわなければならないな」
「う、うん…そうだよね」
金庫はいくつかに分けており、私が横領したのは一番使わない蔵の中にあるものだったからまだ誰にも知られていないが、時間が経てばいずれバレてしまうだろう。膝丸の言い分はもっともだった。
「では、さっそくだが、そのバイトとやらに着手しよう」
膝丸は畳に置いてあったもちの卵を一つつまみ上げた。そのままずいっとこちらににじり寄ってきて、事態を飲み込めない私の目の前に顔を寄せる。
手首を掴まれた途端、やっと状況を理解してひっくり返りそうになった。
「ちょっと待って。孵化の話したよね。もちの卵は審神者とその…刀剣男士が…」
掴まれた手を振りほどこうとするが予想外に力が強くてびくとも動かない。膝丸は真面目くさった顔をして私が仰け反ったぶんだけ距離を詰めてくる。身の危険を感じた。
「膝丸、その卵がどうやって孵化するか分かってるの?」
「分かっている」
「審神者と刀剣男士がえっちしなきゃいけないんだよ…?!」
「だから、俺が助力してやろうと言っているのだ」
目が本気だった。本格的にまずいと察して逃げようと足腰に力を入れた瞬間、がしっと勢いよく両腕を掴まれて引き寄せられる。
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