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 本国で審神者に就任して以来、戦績は並より上の位を維持している。
 遠征、節制とたゆまぬ努力のおかげで資材は潤沢、初期から本丸にいる刀の練度はほぼ最高値、鍛え抜かれた彼らの切っ先は戦場に赴けば一寸の違いもなく敵兵の喉を切り裂くのだ。
一方で政府が指定してくる任務も過酷ではある。
 だから「そろそろ二振り目の刀剣の育成も始めてみてはいかがでしょう」というこんのすけの言葉にまんまと乗せられた。
 いや、それ自体は問題ない。心配していたのは同じ刀剣が複数いることで混乱が生まれないかということだったが、案外すんなりと二振り目の刀たちはみんなと打ち解けた。
 すでに膝丸とは恋人同士だったから、二振り目の膝丸を顕現するのには少しだけ抵抗があったけど……、髭切の二振り目も同時期にゲットできたので、兄弟揃って顕現させてしまえと思い切った。
 二振り目の膝丸は生真面目でいかにも武人とした雰囲気の青年で、私と一振り目が恋仲であることに不思議そうな顔をしていたがすぐ納得していたはずだ。
 二振り目とあまり仲良くしていると恋人の膝丸のほうが機嫌を悪くするので一線を引いて接していたのだけど……かえってそれがまずかったのか。


「うっ……、ふぅ、ふう……」

 外行きの衣装へと着替えるだけの行為のはずが。
 服を下ろしていた手が肌着ごしに下腹部に触れてしまって、ビクリと体が跳ねる。

「………くそっ…こんなもののせいで……」

 体を丸め、大きく息を吸って吐いて熱を逃がす。二振り目の膝丸につけられた淫紋。かすかに触れるだけでそこがとびっきりの性感帯のようにキュンキュンとうずく。着物を着ようとしたところ帯を巻いたとたんに圧迫された下腹部が発情し、体がゾクゾクしてきたのだからたまらない。観念して洋装にするしかなかった。鬱陶しいったらありゃしない。

 この忌まわしい淫紋をつけられたのが昨日の朝。
 昨日一日はあれ以来膝丸が手を出してくることはなかったが、紋と共に体に刻みつけられた快感を忘れられなくて悶々としていた。恥を忍んで己で慰めてみたが甘い疼きが消えることはなく、疲れて寝入ってしまうまで何回も何回も物足りない絶頂を繰り返していた。
 とにかく体が熱くて、だるい。体調不良と言って執務を休むことも考えたが、このままでは心配する刀剣たちをよそに部屋でひとり自慰に耽ってしまいそうで、気力で起き上がった。苦心の果てにワンピースを身につけ、寝不足のひどい顔に化粧をして支度を終える。

「主さん、遠征部隊からの伝令だよ」

 執務室に顔をのぞかせた乱が鳩の姿をした式神を抱えている。鳩の足には手紙が巻かれている。
 遠征呼び戻し鳩と呼ばれることも多いこの式神だが、座標軸を指定しておけばひとりで時代を超える能力を持つため、こうして伝書鳩代わりに使うことも多かった。部隊全員を呼び戻すより鳩一匹を使いに寄越すほうが労力が少なくてすむ。
 乱に入室を許可し、鳩の足についている手紙を外す。

「出先で遡行軍に遭遇したが殲滅済みだって。順調にいけば明日の夕方には帰れるだろうとのことだよ」
「そっかあ! 良かったねえ」

 乱は今日の近侍である。彼は私の手元の手紙をのぞきこむとにっこりと笑った。

「この字、膝丸さんのでしょ? 早く帰りたいって気持ちがにじみ出てるよね」
「そ、そうかなあ…」

 一振り目の膝丸。まだ本丸に刀剣が揃っていない頃に顕現して、以来側近として恋人として支えてきてくれた彼に、早く帰ってきてほしいという気持ちと昨日の一件をどう説明したらいいんだという気持ちが合わさって頭を抱えたくなる。
 乱は心配そうに顔をのぞきこんできた。

「主さん、なんか顔色悪いね? 今日は午後から演練があるけど大丈夫?」
「ん、なんでもないよ……。ちょっと寝不足で、頭が働かないだけ」
「本当? 無理しないでね。今日の部隊は僕が組んでおこうか?」
「……ありがとう。それじゃあお願いします」

 出陣する時代は昨日と同じだし、攻略のために色々な刀種の組み合わせを試しているところだったから、乱に任せてもいいだろうと素直にお願いした。

 その後は書類を作成したり刀装を量産したりといつも通りの執務を行い、午後の演練の時間がやってきたのだが。
 ……揃った顔ぶれを見て采配ミスに気づいた。


「あー…ひざま…膝丸…」
「どうした? 俺がいては不満か」

 失念していた。最近二振り目の刀剣たちを育成として演練に出していたので、膝丸を含む二振り目の面々を乱が部隊に組みこんだのも無理はなかった。
 演練には審神者が同行する。このままだとしばらく膝丸と一緒に過ごす羽目になる。昨日の今日なのでそれは避けたいのだが他の刀剣たちがいる前で説明もなしに膝丸を外すのは難しい。

「どうしました? そろそろ出立しないと間に合いませんよ!」

 無邪気にのぞきこんでくる鯰尾に流され、結局そのまま演練場に向かうことになる。
 背後から彼の視線を感じるたびにひやひやと体の奥が冷える。しかも舐めるようなその視線に当てられるたび、腹立たしいことに下腹部が呼応するように熱く煮え顔が上気して息が切れるのを必死で隠す必要があった。
 こうなったらもう出先で膝丸を問い詰めてなんでこんなマネをしたのかを聞きなにがなんでも紋を消してもらうぞと、半ばヤケになって歯を食い縛りながら歩いた。



 審神者と刀剣男士が集まる演練場には毎日多数の人が訪れるため、会場付近は万屋や食事処、装飾店などで賑わっている。滞りなく本日の五戦を終えた刀剣たちは、気晴らしがてらに店を見て回りたいと申し出た。

「主君にいただいたお小遣いを使いたいんです!」

 短刀たちにきらきらした目で頼まれては断るわけにいかず、一時間後に時計台の下で待ち合わせの約束をして各自しばらく自由行動となった。

「……」
「……なんだ」

 すっかり刀剣たちが散ったところで、私は隣に残っていた膝丸の裾を掴む。

「俺と行きたいところでもあるのか」

 手を引いて歩き出せば飄々とした声が後ろから呼びかけてくる。ぐぬぬと煮え湯を飲まされたような心地になるが、耐える。

「……ふたりで話がしたいのよ」

 膝丸はそうか、と呟いてなにを思ったか私の手を握り返してきた。びっくりして振りほどこうとしたが力が強くて離れない。

「こうしていると恋人同士のように見えるだろうな」
「はあ?」
「一振り目とはこうして歩いているのだろう? 同じことだ」
「そういう問題じゃないの!」

 たしかに人通りの多い繁華街で白昼堂々手を繋いでいれば恋人同士にも見えるだろう。苛々と手を暴れさせていたが、手袋ごしに彼の体温を感じたとたん、キュンとお腹の中がうずき雷に打たれたように動けなくなってしまう。

「どうした、主」
「……この、紋…」

 膝丸に反応するようにできているのか。
 どういう細工かは分からないが、おそらく彼の霊力を流し込んで刻んだのだろう。

「…ねえ、なんでこんな紋をつけたの」
「昨日も言ったろう、君を俺のものにするための印だ」
「私はあなたのものにはならないよ! 一振り目の膝丸のことが好きなんだから…」
「一振り目も俺も同じ膝丸だ。魂を共有しているのだから本質は変わらない」

 不意に、ぐっと手を握りしめる力が強くなる。のぞきこんできた膝丸は真剣な目をしていた。

「一振り目が君のことを恋うるなら、俺も同じに決まっている」

 そんなこと言われたってどうしていいか分からない。今まで私を好きだなんて素振り少しも見せたことなかったのに。
 じっと熱っぽい眼差しで見つめられて頭がくらくらする。体の奥から甘い震えがこみ上げてきそうになって……いや、これは恥ずかしさのせいじゃない。淫紋の効果のせいだわ。膝丸と接触している手を思いっきり引き離そうと思った瞬間、通路側から声をかけられた。

「あ、先ほど手合わせした審神者さんですね?」

 揃ってそちらを向くと、さっきの演練相手として当たった審神者だった。横に蜂須賀を連れているのは初期刀なのだろうか。見覚えのある顔に挨拶を返す。

「あ、はい…。先ほどはありがとうございました」
「いえいえこちらこそ! とても良い手合わせでした」

 まだ若くあどけない印象のある彼は審神者になったばかりなのだろう。練度の低い二振り目に合わせて演練相手を選ぶので、彼のような新人審神者に出くわすことも間々あることだった。

「ところで…そちらに連れているのは膝丸ですよね?」

 彼は目を輝かせながら私の横の膝丸を見る。突然注目された膝丸は若干面食らいつつも頭を下げた。

「僕、審神者になったばかりで、珍しい刀剣を一振りも顕現できてないんですよね…。今日初めて膝丸を見ました!」
「そ、そうなんですか」
「かっこいいですね〜! すごく気品があって背も高くて…さっきの戦いっぷりも無駄のない動きで壮観でした!」
「………ありがとう、ございます…」

 膝丸がかっこいいのは否定できない。見た目もさることながら真面目で研鑽をたゆまぬ姿勢が他のどんな刀剣より際立っていて……惚れた欲目も大いにあるのは自覚しているんだけど、でもやっぱり自分の好きなひとを他人に褒められるのは嬉しい。これが一振り目の膝丸でないのが複雑だが、初対面の審神者をも虜にする魅力に誇らしさを覚えた。

「本当に髪が薄緑なんですね。写真で見るより実物のほうが綺麗だなあ」
「主。そうじろじろと眺めては失礼だよ」
注意する蜂須賀。
「あっあっすみません!」
「…いや、気にしないでくれ」
「じゃあ、あの、せっかくなので太刀を少し見せてもらえませんか?!」
「ああ、構わないが……」

 彼らのやり取りを聞きながら、私は会話どころじゃなくなっていた。

 あつい。熱い熱い熱い熱い熱い。
 手足が震える。息がうまく吸えない。下半身がうずうずして、太ももを擦り合わせたくてたまらない。
 そうだ、手。膝丸と手を繋いでいるから、体が反応してしまうんだ。離さなきゃ、

「…もしかして、そちらの審神者さんと膝丸は恋仲なのかな」

 バレないようにこっそりと手を引いたとたん、それに気づいた蜂須賀が目ざとく指摘する。否定する間もなく、新人審神者さんも手を繋いでいる私たちの関係を誤解した。

「あ、そうだったんですね…! デートの時間をお邪魔してしまいました。すみません」
「いや、気にしないでくれ。主、行こうか」

 お前は否定しろよ……と膝丸に内心で怒りつつ、もう体は言うことを聞かなかった。

「……主?」
「どうされました? 具合が悪いのでしょうか」

 心配そうに声をかけてくる審神者さんに返事もできず、私は力の入らない腕で膝丸の体にしがみついて助けを求めた。勝手に涙が出てきて視界がにじんでしまう。泣き声みたいなか細い声が喉から漏れる。

「……んっ…、ふ、…ぅ…ひざま、る…」
「……!」

 事を察したのであろう彼はぐっと私の体を抱き上げる。

「え、大丈夫ですか」

 呆気にとられている審神者さんたちに「すまない。主は体調が優れないそうだ」と言い残すと瞬く間にその場を去ってしまった。

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