祖母の遺品だという木箱の中には白い人形が眠っていた。周囲を色とりどりの造花で囲まれた様はまさに死人であり、血の気のない透き通った肌はさらにその印象を強くしたが、薄い唇はたしかに笑みの形を描いていた。

 管理の人手を失くした屋敷が取り壊されるのは時間の問題だった。荷物撤去のためにはるばる数時間をかけて訪れた祖父母の家は幼少期の記憶と違わなかった。蔵の中には前世紀の遺品が積み重なっている。ひときわ目を引いたのは人ひとりが横になれるような巨大な長方形の箱だ。土埃に噎せながら庭に引きずり出し、年季の入った蓋を開けたときにそれは棺であったのだと理解した。

 春の日差しを浴びて白い髪が輝いている。数十年前に機能停止したであろうそれは少しの風化も見せず両手を胸の前で組んで眠っていた。

「刀剣男士ですか。たまげたなあ」

 トラックを運転してきた業者が汗をぬぐって感嘆の声を上げる。祖母が審神者業を務めていたことは風の噂で耳にしていたが、本人から話を聞いたことはなかった。

「ずいぶんと綺麗な形をしていますね」
 
 造形の美しさもさることながら破損がない。
 刀剣男士が揃って美形なのは兵器としての恐怖感を払拭し好印象を与えるためであると聞いていた。
 前時代の戦争の産物はいまやほぼ全てが廃棄され、状態のいいものは博物館に飾られている。
 どういう経緯があってこの個体が蔵の中にしまわれていたのかは不明だが、こうして発掘された以上引き取られてしかるべき措置を受けることは間違いない。

 現物の刀剣男士を見るのは初めてだったので興味を引かれ、精巧な作り物の顔に手を伸ばす。
 なめらかな皮膚は外気と同じ温度だった。
 なまぬるく埃をふくんだ春風が睫毛を震わせる。端正な顔立ちをなぞり、指先が柔らかな唇に食い込んだところでそれはまぶたを開いた。

「あ」

 業者と共に驚きの声を上げる。

「再起動してしまったようですね」

 まさかこんな簡単に再起動するものだとは思いもしなかった。どうしよう。人間に対して危害を加えないよう設定してあるとはいうが、数十年間も眠っていた個体が正常に作動するかは不明だった。

 金色の硝子玉がこちらをとらえる。ゆっくりとその頬に血の気が差し、乾いた瞳に涙の膜が張るのを呆然と眺めていた。

「主」

 喉を震わせた声は掠れた若い男のものだった。

「主。あるじ!」

 感極まったように叫び、跳ね起きた彼が肩を鷲掴みにしてくる。赤く染まった目尻から決壊したように人工涙を流している。成人男性のなりをしたものがボロボロと泣きじゃくる姿を初めて見た。
 助けを求めるように業者を見上げると、彼はすでに携帯を耳に当て保健所に連絡していた。

「主。どうして俺を一人で眠らせたんだ」

 ぽたりと膝に落ちた涙は温かかった。

「寂しかった。ずっと一人で、君がどうしているのかも分からずに暗い箱の中で眠り続けて」

 この刀剣男士は祖母と自分を勘違いしているようだった。そんなに似ているのか、それともバグか。若かりし頃の祖母の写真を見たことがないから分からない。途方に暮れた。

「もう二度と俺を離さないでくれ。君が死ぬまで一緒にいると約束しただろう」

 泣き声に秘められた熱に気づかないほど愚鈍ではなかった。
 祖母は自分の死より前にこれを埋葬したのだ。造花で飾って高級な棺に入れて、誰かに奪われぬよう人目のつかぬところに眠らせた。
 それが意味することをわからないわけではない。

「お前の本当の持ち主は数年前に死んだ」と教える代わりに、記憶を頼りに、教科書でしか見たことのないその名前を呼ぶ。

「鶴丸」

 胸に顔を埋めておいおいと泣きじゃくる彼はいっそう強く抱きついてくる。ほんの少しの愛しさが生じたがすぐに打ち消した。
 今世紀では機械に対して愛情を抱くのは見当違いだと教育されている。

「ごめんね」

 頭を撫でると途切れ途切れに「もう離さないでくれ」と懇願する。

 声帯認識機能の備えられている刀剣男士は祖母と私との声の違いに気づいているだろう。
 それでも彼は私に抱きつき、約束だぞとしゃくりあげながら泣くのだった。

 まもなく保健所の役員が到着し、この個体は永遠に機能を停止する。

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