・アセクの女主が燭台切とダンスパーティに行く
・恋愛要素皆無

悪魔の証明っていうでしょ。存在しないものを『存在しない』と証明するのは不可能だっていうアレ。私の人生はずっとそれとの戦い。死ぬ瞬間まで、『恋愛感情がない』ということを証明できない。

恋なんて知らない。私の生にそれは不要。そう言うと、まだ素敵な人に出会ってないだけだよって善意の暴力で返されるのなんとかなりませんかね。
とか喚いてると感情の欠落した冷血人間だと言わんばかりに白い目で見られるか、もしくは本物の恋を知らないおぼこい小娘ねって一方的にマウンティングされる。恋愛とかセックスとかに忌避感ある奴は青二才で、動物としての本能、自然の摂理を受け入れるべきってゆー有難いご意見が浴びせられるのね。私に言わせれば年頃の男女が呼吸をするかのように番いになるほうが余程不自然だわ。まあ仕方ない、この世は一夫一妻制の婚姻制度を基盤とした社会で、早くパートナーを見つけろって助言してくる友達も親も、社会に迎合できただけのハッピーな人種なのだから。


「主、入るよ。朝ごはんできてるよ」
「ん、おはよー」
「ほら、起きてるなら布団から出て? 今日は予定が詰まってるんだから、早く行動しないとダメだよ」
「寒くて無理だわ」
「寒いね。だから今朝のスープは熱々のクラムチャウダーにしたよ。君のためにお皿も温めておいたんだ」

跳ね起きた私に燭台切がにっこりと微笑む。その点、刀はいいわ…。無機物だから恋にも生殖にも縁がない。人間みたいに一方的に好意を注いだり、見返りを期待したり、勝手に失恋したりしないじゃない。私は主人として振舞っていればOKだし、親しげに距離を詰めても特別な感情を持たれることがない。最高だわ。審神者になって良かった。
と思っていたんだけど、現実はそう上手くもいかないもので。ウキウキとクローゼットを開けてよそ行きの服を選び出した燭台切に、気が早いでしょと文句を言う。

「だってパーティだよ。飛び切りおめかししていかなくちゃ。僕の主はこんなに素敵なんだって、みんなに分からせないと」
「やっぱ行くのやめたい」
「だーめ。政府主催の懇親会なんだから。ドタキャンなんてしたら君の信用を損なうよ」

燭台切はうっとりした目でベルベットの紺碧のドレスを眺める。繊細な金色の刺繍が施され、胸元には薔薇をあしらったような模様の切り替えがある。支給金はたっぷりもらってるから着道楽には困らない。重厚なドレスに合わせるのはエナメルのラテンシューズ。厚いヒールが攻撃力高そうで好きだけど、今宵のダンスパーティを思えば気が重くなった。

「なにが慰安会よ。実質はただの婚活パーティじゃん。審神者同士の結婚を推進します! って、才能を受け継いだ子どもが欲しいだけでしょ。私は家畜じゃないっつーの!」
「君は身も蓋もない言い方をするよね。とか言いつつ、一月前からダンスの練習してるところは真面目だし…はい、お着替えはこれだよ」

ぎゃあぎゃあと喚く私を洗面所に連れて行って、髪を結って顔を洗わせる。濡れた顔を上げればすかさずふかふかのタオルを手渡されて、紳士というより介護みたいだなと思った。

「情動と性愛をヒューマニズムというなら、どうして人類はこれほど文明を発達させたのかしら」
「はいはい、荒れてるね…」

朝食の席はがらんとしていた。既に食べ終わった刀が多いのだろう。燭台切に用意されたスープは再度温められたばかりで湯気を立てている。濃厚な海鮮のクリームに合う硬めのパン、付け合せのエッグベネディクト。手の込んだ朝食を貪り食べる私を、真向かいに座った男が頬杖をつきながら眺める。

「君の気持ちも分かるよ。でも所詮は形式だけのパーティで、相手を見つけるかどうかは個人の自由だ。美味しい食事とお洒落なムードを楽しむだけのイベントだと思ってさ、我慢しようね?」
「分かってるけどさぁ…腹立つわあ…」
「近侍が同行してもいいんだろう? 君に変な虫がつきそうになったら僕が追い払ってあげるよ」
「うーん……もうさあ、今夜だけは、燭台切と付き合ってる設定にしていい? 招待されたから仕方なく来たけど、実は刀とデキてるんですよーって。そしたら審神者の男も寄ってこないでしょ」
「僕と? ふふ、構わないけど」

コポコポと心地よい音を立てて、陶器のカップに食後の紅茶が注がれる。ハーブの香るそれに蜂蜜を垂らしてひとくち啜るといくぶんか心が落ち着いた。私を見つめる優しい瞳に、むろん、親愛以上の念はこもっていない。温かな食事が内臓に染み渡り、カップを掴む寝起きの指にじんわりと血が通って行く。冷たい手を温めるのは他人の体温ではない。その孤独を心地よく感じた。つくづく、私は己が好きだと思う。





午後9時を告げる鐘が鳴る。まさに文明の象徴とも言える近未来的なホールの奥、宴会用の一室は豪奢なシャンデリアとステンドグラスに彩られていた。暖色のカーペットの上には無数のハイヒールと革靴が並んでいる。歓談を楽しむ者や早くも甘いムードを醸し出している男女もいれば、私のように会話もそこそこにバイキングに精を出す者もいる。

「こんばんは。さっきの山城の方ですよね? この懇親会は初めてで?」
「あーどうも。そうなんですよ、こんな豪勢なパーティに来たのは人生初です」

声をかけてきたのは、立食パーティの前に名刺を交換した審神者たちだった。人の良さそうな風貌。ガツガツと交流を求める人が多いのかと思いきや、案外みんなのんびりとしている。審神者同士の出会いを勧めようとしているのは政府の空回りなのだな、と実感してほっとした。

「お若いのに駆り出されて大変ですねえ」
「あははは。ほんとにー」

鴨肉のエマンセを突き刺す人差し指に指輪が光る。燭台切にセットされた髪はふわふわと器用に巻いてまとめられ、普段より華やかな化粧をして合わせた顔だって悪くない。鎖骨から肩にかけて細かなラメのクリームまで塗られたのだから、奴の気合いの入りようと言ったら。
一方、審神者同士の交流が名目だから、連れて来た近侍たちは壁際のほうに集められていた。彼らは彼らで別本丸の刀剣と話したり物珍しい料理を食べたりして満喫しているようだ。というか燭台切。あいつ、悪い虫から私を守るとか言ってたくせに、ワイングラスを片手にどこぞの打刀とのおしゃべりに花を咲かせている。現金な奴め。

審神者たちと適当な会話をしていると、控えめだったピアノが止み、フロアにハープの音が響いた。続いて、バイオリンの優美な旋律が伸びていく。ご丁寧に演奏家まで用意してあるのだから政府の予算ってすごい。

「ああ。もうそんな時間」
「踊れる人のほうが少ないのに」

ごく数組の男女がダンスホールに向かう。私は壁際で佇んでいる近侍の姿を目で探した。呼応するように金色の隻眼が光る。私は微笑んで、一歩を踏み出す。

「失礼。せっかくなんで、私は踊りますね」
「ではご一緒にどうですか?」
「あー、すみません。私、こいつと来てるんで」

タッと絨毯にヒールの跡をつけて彼のもとへ走り、まだテーブルにもたれかかっていた男の腕を強引に引く。

「こら、ちょっと」

戸惑いながらも笑いを含ませた声が頭上を通り抜ける。乱雑に置かれたシャンパンが、彼の目と同じ金色の飛沫を散らし、隣に立っていた打刀は慌てて身を引いた。
私たちの背中を無数の目が追う。刀と審神者でダンスを踊るなんて。パーティの趣旨に反している、という物言いたげな視線をいくつも受け止め、私たちは向き合って手を握る。

「僕で良かったのかい?」
「忘れた? 今夜は恋人っていう設定よ」
「なら、期待に応えないとね」

序章を告げるバイオリンのソロ。コンチネンタル・タンゴの哀切なメロディに合わせ、踵が床を削る軽快な音でステップを切り出す。燕尾の裾を翻し、フロアの王になったように堂々と、私をリードする手は自信に満ちている。

「君は朝より夜がずっと素敵だ」

それ、あんたが手がけた私のファッションを褒めたいだけでしょ。目まぐるしいステップに脚を擦り合わせながら、力強く腰を押し出されて私は笑う。

「燭台切のスーツも似合ってるよ」

いつにも増して格好よく決まっている彼にそう言うと、「ありがとう」とご機嫌で返される。当然だとでも言いたげな態度が好きだ。腕を引かれて一回り、顎をしゃんと伸ばしてフロアを見渡せば誰もが私たちを見つめていた。華やかなドレスの色。輝く宝石の瞬き。銀河みたいで視界が滲む。

「目ぼしい人は見つかった?」
「まさか。私に釣り合う人なんていると思う?」
「君が人間の男と恋に落ちてセックスして子供を産むなんて、考えただけで気が狂いそう」
「あははは。なにそれ気持ち悪い」

あははは。あははは。二人で顔を見合わせて笑う。いたずらっぽく撫でられたくるぶしは、やり返そうと踏み出したとたんにするりと逃げて床を削る。まるで子どもの遊びみたいな無邪気なじゃれ合い。性もなく正体もなく、なにか透明なものに投げ出される愛を、私たちは知っている。
開いた背中に触れる手袋の感触。ぐっと体重を支えられて脚を伸ばす。人工的な明かりに光る真珠のような肌が眩しい。やがて曲は終盤に向けて盛り上がり、合いの手のように床を叩く音が響く。

「私を欠落していると思う?」
「君は存在だけで完璧だよ。人の子はみんなそうだ」

そう、この刀は私と同じ。誰もが愛しくて、誰もが特別でない。その生き方を寂しいとは思わない。
くるりとターンを決めて離れかけた手を力強く掴まれる。ダンスが終わればこの熱い手はすぐに離れることを心地よく思った。体重のままに背を遠ざけ、倒れてしまう前に抱き寄せられて脚を擦り合わる。稚拙だが、息の通ったステップを続けながら、燭台切が歌うようにつぶやく。

「誰のものにもならないでね」
「ならないわ。でもあんたはずーっと私の所有物よ」

それが無機物特有の独占欲なのか、私のポリシーを応援するための言葉なのか。判別はつかないが私の返答は十二分だったらしく、男は心底嬉しそうに笑った。
長い曲目の終わりにポーズを決めてきらきらと汗が光る。互いの熱を引きずったまま離れた体がゆっくりとひとりぶんの体温に戻る。それをひかえめな拍手が祝福した。金属みたいに恒星みたいに私たちは愛し合える。

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