「手が寒い。」誰に聞かせるつもりでもなく呟いた割には大きな声が出て、我ながら己の迂闊さに呆気に取られた。周りが完全に無人であったなら内心の声が口を突いて出ることもなかっただろう、つまりこれも自己顕示欲の為せる技であり私は無意識の構ってちゃんになってしまったんだなと自嘲する。ここには私の他愛ない呟きを逐一丁寧に拾うご機嫌取りばかりいるからだ。それがいけない。すっかり誰かに言葉を拾ってもらうのが習慣になってしまった。奴らの甘さは優しさや愛情によるものではなく無条件の従服に起因しているのがこれまた癪に触る。気味の悪いことだ。

そうして私の独り言を待ち構えていたかのように、傍を歩いていた青年が目を光らせる。

「俺の手あったかいよ」

言葉が終わりきる前に私の手は彼の手のひらに包まれている。ああ、見え透いた好意よ。

「わー、主、冷え冷えじゃん」

咎めるように唇を尖らせながらも声にはありありと喜色が浮かんでいて「寒さにかこつけて手を繋いじゃいました!」と宣言しているようなものだ。こいつ策士には向いていないなと心の中で吐き捨てる。はにかんだ加州の頬は寒さのせいか赤く染まっている。爪紅を塗ったほっそりした指はそれでも私と比べれば大きくて骨ばっていてれっきとした男だと知れる。男の生ぬるい体温。ぬるま湯のようで気持ち悪い。指先はつめたくて手のひらは温かいアンバランス。

「俺の手あったかいでしょ?」
「そうだねー」

鈍色の空からちらほらと粉雪が舞い落ちて、加州の漆黒の髪にちいさな斑を作っていく。白色のひらひらが血色の透ける頬に乗ってじんわりと溶けた。ふふ、と笑った。そうね。

(まるで人間みたいだね)

続く言葉は飲み込んでおいた。そう言ったら加州はどんな顔をするだろう。死に絶えたような冬の街路を手を繋いで歩きながら熱心に夢想する。心がぱあっと温かくなり空の切れ間から太陽が差すように明るくなってうきうきした気分になる。私はお前を傷つけたい。
熱っぽい視線を横顔に感じながら足早に帰路を急いだ。本丸に着いたらさっさと手を離して、迎えに出てくれた短刀の炬燵であったまったおててを嬉々として握ってみよう。天使みたいに温かいねと言って頬ずりしてみよう。取り残された加州が傷ついた表情をして、つめたくなった手を握りしめているといいな。

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