※女主×膝丸 軽度のリョナ

 薄暗い部屋の隅、天井に目を凝らせば四角い機械がぶらさがっている。黒く無機質な箱の先端には赤い点が光っている。一つ目の物の怪のような眼はじっと動かずに室内を見下ろしていた。どこか禍々しさを放つカメラの光。画面はもう何時間も、床に転がる一振りの太刀の姿を映している。
 地下牢に降りてくる足音が遠く響いた。膝丸は顔を上げる。翡翠の髪は額に貼りつき、かつて燃える琥珀のようだった瞳は濁っていた。閂の外される鈍い音に続いて、重たい鋼の扉が開く。つめたい大理石の床に足を踏み入れたのは、あどけない顔をした一人の女だった。

「膝丸」

 愛おしげな声色で女は呼びかけた。膝丸は近づいてくる女をぼんやりとした眼で見やる。もう何日も飲み食いをしていない脱水に陥った体は、視覚どころか正常な思考回路すら失われていた。数日前まで己を苛んでいたひどい手足の痛みはすでになく、流血の止まらなかった歯茎は肉の皮膜で覆われ、鈍い血の味を残すのみだった。

「辛かったでしょう。よく頑張ったね」

 女は優しげな顔をして膝丸の頭を撫でる。ひんやりとした手が心地よい。触れられて初めて気づいたが、自分はかなり発熱をしているようだ。女は幼子をあやすように膝丸のべとついた髪を撫でる。はて、こんなふうに己を撫でる人間がいただろうか。記憶を遡ってみるが、ここに来るまで何をしていたのかどうしても思い出すことができなかった。脳の一部に仕掛けをされたように、濃い霧が回想を阻むのだ。

「膝丸、帰ってきてくれてありがとう」

 女は穏やかに微笑んだまま膝丸の頭を抱く。これは誰だ。何度もまばたきをして焦点の合わない目を凝らしていると、女はふいに心配そうな声になった。

「私のこと忘れちゃったの? 私はね、膝丸の主だよ。覚えてない? 膝丸は先の出陣で敵軍に捕まって……。ひどいことをされたから、記憶を失くしちゃったんだね」

 でも大丈夫。ここはもう安全だから。女は再び膝丸に笑いかける。見知らぬ女の言葉に嘘を見出すことはできなかった。あるいは、膝丸が本来の聡明さを持ち合わせていたらそうではなかったかもしれないが。
 
「お腹が空いたでしょう。何日も目が覚めなかったものね」

 食事を取らせてもらえるのかと期待すれば、ごくりと喉が鳴った。肉の身は本能に忠実に生きようとする。飢えと渇きは相当のもので、気づけば体が震えるほどだった。女は膝丸の様子を満足げに見やり、頭を撫でる手を離した。

「もっとこちらに寄って」

 言われるがまま、膝丸は彼女に這い寄る。文字通りずりずりと、芋虫が這うように床を進むことしかできない。つまさきで踏ん張ってはみたものの、足首がぶらんとして力が入らないのだ。では腕で体を引っ張ろうとしてみたところ、手のひらはあらぬ方向に曲がり、忘れていたはずの激痛が走った。仕方なく、うつぶせのまま体を前後左右に揺すり、女が手を広げるその場所へ近づいていく。体の自由が効かないことをおかしいと感じる知能は残されてなかった。

「よしよし、いい子。ではご褒美をあげようね」

 女はなにを思ったのか己の着流しの胸元をはだけ、闇の中で白く光る乳房をむき出しにした。柔らかそうな胸の肉をつまみ、頂きにある突起を膝丸の前に突き出す。

「歯のないお口ではご飯が食べられないでしょう? 特別に、主のおっぱいを飲ませてあげるからね」

 膝丸は薄い桃色に染まっているそれをぼんやりと眺めた。花の蕾のようだと思った。実際、それは花のように好ましい香りを放っていた。審神者の体から発せられる霊力を嗅覚で察知したのだが、知性の失われた彼には香りの理由は分からなかった。

「飲んでいいよ。膝丸は赤ちゃんだからね」

 言われるがまま、甘い匂いのする膨らみへ口をつける。歯のない唇が柔らかく乳房を噛んだ。ちゅっちゅっと繰り返し吸ってみれば、乾いた砂漠へ水が染み込むようにとめどなく、体に生気が流れ込むのを感じた。もっと飲みたい。もっと。無心で乳を吸う己を、女は慈愛に満ちた微笑みで見下ろしていた。

「可愛い膝丸。ずっとこのままでいてね」

 彼女の言葉の意味も分からず、目を閉じてひたすらに乳房を咥える。天井から赤い眼が異様な二人の光景を監視している。ビデオカメラは無言のまま、変わり果てた太刀の姿を映している。その映像がどこへ配信されているのか、かつて気高い宝刀であった彼が知ることは永遠にない。


 突然、場面が転換する。
 ポップな背景と共に、笑顔のモデルが画面の端に現れた。軽快な音楽と明るい声がパソコンのスピーカーから流れる。

「刀剣男士くん、中にはうまく食事ができない子もいますよね」
「固形物が喉を通らない」
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※1日2回、一回4錠(短刀は2錠)服用ください。

詳しくは動画概要欄のURLから↓↓↓」

 なんだ、サプリのCMかよ。さっきまでの動画はヤラセか? 悪趣味だなあ。
 視聴者はそれぞれに呟き、新しい動画を探す。
 地下牢に閉じ込められた膝丸を思う人間は誰もいない。


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