うぐちゃんのおくちをお椀扱いする
女主×鶯丸っぽい


廊下に面した障子戸が開かれて、まばゆい朝の光が差しこむ。後光を背負うようにして立つ男の姿を彼女は目を細めて見上げた。目に優しい深緑の色が視界に広がる。

「おはよう主。言いつけ通り朝餉を持ってきたぞ」

一通りの皿や小鉢が乗せられた盆を手に鶯丸が部屋に足を踏み入れてきた。時刻は皆で揃って食べる朝餉の時を少し過ぎたくらいである。ふだんは刀剣たちと大広間で食事をとる彼女であったが、本日は珍しく自室に朝ごはんを運ばせていた。
鶯丸は彼女の座っている目の前の卓上に盆を置く。

「ありがとう」

審神者は忠実な刀の振る舞いを見て頬を緩める。盆に目をやれば鮮やかな山菜の和え物やふっくらとした焼き魚が皿の上を彩っていて、視覚をも満たしてくれる。お茶碗の中の白米はたった今炊き上げたみたいにつやつや光っていた。今日も美味しそうだ。
満足そうに微笑み、主は目の前の男に向き直る。

「それじゃあ鶯丸、こちらに来て」

手招きをすれば、元々近かった距離をさらに埋めるように鶯丸が体を寄せる。若草色の瞳が間近に迫ったところで主は彼の頬を撫でて止めた。

「良い子ね。はい、口を開けて」

端に乗せられていた生卵を手に取る。
命じられるがままに鶯丸はぱかっと薄く色付いた唇を開くので、歯医者にかかるときみたいに上を向かせる。整った歯列の奥、赤い舌が外気にさらされてぬるついた光を放つ。
彼女は手のひらで丸く握った卵を皿の角に打ち付け、ヒビが入ったところで両手に持ちかえて鶯丸の口内めがけて殻をまっぷたつに割った。透明と黄色の塊が、ちゅるんと吸い込まれるように赤い口の中に落ちていく。口を閉じてこちらを向き直る鶯丸は生卵を口の中に入れて大人しく指示を待っている。

「よしよし、じゃあよく溶かしてね」

主が彼の両頬をやわやわと押す。それに答え、鶯丸がぐちゅぐちゅと口内で卵を攪拌し始めた。歯に当たり黄身が潰れ、頬肉で返されて白身と混ざり合う。舌に広がる味はなんの味付けもされていない生卵のそれで、とても美味いとは言い難かったが鶯丸は表情ひとつ変えずに卵を崩し続けた。
十分にかき混ぜたところで主は白米の入った茶碗を鶯丸の目の前に出す。今度は命じられずとも理解していた。彼は顔を伏せくっと舌を窄めると、小さく開いた唇から体温でぬるくなった卵液を吐き出した。
唾液と混じり合った黄色い液体が茶碗の中に溜まっていく。粘性の糸を引くそれを全て吐き終わったところで彼は顔を上げた。

「うん。上手に出来ました」

ごくりと彼の喉が動く。
主はその卵かけご飯をいったん盆に戻すと、顔を寄せて鶯丸の唇に垂れていた卵液をぺろりと舐めた。

「あなたは私の道具。食器にもなってくれるよね」

甘く囁いた彼女に鶯丸が拒否する言葉はなく。卵に引き続き野菜や魚に至るまで、まるで餌付けのように食べさせる。たまに舌を触れ合わせていちゃつくのはご愛嬌といったところだ。

(主さん…今日もあれ、やってるのかなあ)
(こら、見に行ったらいけないよ)

主と鶯丸が倒錯した愛を育んでいるのは本丸では周知のことである。
おぞましい光景かもしれないが、この二人にとってはたまにある楽しい食卓の一時であった。



「……まだ飲むのか?」

猪口を床に置き、鶯丸は辟易した様子で声を上げた。
床の上には空にした徳利が何本も転がっており、部屋にもふんわりとアルコールの匂いが漂っているというのに、彼女は涼しい顔で己の猪口に手酌している。

「ほら、鶯丸もまだ飲めるでしょう?」
「いや、俺は……ッ、ヒクッ、もう要らな……あ、あっ、ありがとう……」

拒否する前に並々と新たな酒を注がれてしまい、青ざめながらも受け取るしかない。
度数の強い日本酒を片手に楽しみながら、彼女はでろでろに酔っ払った鶯丸を観察する。晩酌に誘ってみたところ喜んでお供すると言ってくれた彼だが、あまり酒自体は好きでも強くもないようで、一時間ほど飲み続けた程度で真っ赤になっている。しかも勧められたら断れない性質らしく(主に逆らえないというのもあるだろうが)、注がれるままに飲み進めている。
飲み口をちろちろと舌で舐める鶯丸は本当にこれ以上飲めないのだろう。目尻まで赤く染めて、浅い呼吸を繰り返すたびに体が揺れる。潤んだ瞳はおぼつかない視線で主を捉えて震えており、かなり扇情的だった。

「…君は、強いのだな。だがあまり飲むと明日に障るぞ…」
「鶯丸と飲むのが楽しくてついつい飲んじゃうわ」
「……嬉しいが、いいのか。男の前でそんなに飲んで酔ってしまうと危ないと知ってるか」

虚勢を張ってみるものの、ふらふらしている鶯丸のほうがよほど危ない状況である。可笑しくて可愛くて彼女は笑い出した。

「きみ、っん」

注意しようと口を開きかけた鶯丸の声が潰される。不意に顔を寄せた彼女の唇で塞がれてしまったのだ。
驚いてぱちぱちと瞬きするうちに、口の中に熱いものが流れ込んでくる。粘膜をひりひりと焼くような強烈なアルコール。

「んっ……む」

口を塞がれた苦しさと、無理矢理に強い酒を流し込まる苦しさに呻き声を上げる。ぴったりと唇を合わせたまま口伝いに押し込まれてごくごくと飲みこむしかない。溢れた液体が顎から垂れて服を濡らした。
含んでいた液体をすべて流し込んだ主が顔を離す。鶯丸はひゅうっと喉を鳴らしながら息を吸った。アルコールで腫れたように赤く光る口からだらだらと液がこぼれる。

「あるじ」
「もう飲めないんでしょう? だったら私のお椀になってね」

言うなり、徳利を掴んで注ぎ口を鶯丸の口に突っ込む。目を白黒させる彼の口内に日本酒を注ぎ込み、

「こぼしたり飲んだりしたら駄目だからね」

命令すれば引き攣った表情でこちらを見上げてくる。

「口を開けて……そうそう、上手。そのまま溜めておいてね」

喉の奥に流れないよう必死で気を使う鶯丸、その舌の上には注がれた液体の水面がてろてろと光っている。主は開けた口元に唇を近づけ、ぺろりと舌を伸ばして水面をすくった。何度か繰り返したあと唇をくっつけて直に飲み始める。

「んんっ…、っ…」

じゅるじゅると下品な音を立てて酒と唾液と混じった液体を吸い出す。猪口扱いされている鶯丸はひたすら目を閉じて耐えるしかなかった。
やがてすべての液体を吸い出すと主はまた徳利を鶯丸に咥えさせる。再び酒を流し込まれてお椀代わりにさせられる、それを何回も繰り返した。飲み込まないといえど口内に溜めておけば粘膜から吸収はされるもので、鶯丸の顔は先ほどよりも紅潮し目線も定まらなくなっている。

「うん。ごちそうさま。美味しかった」

空になった徳利を振って主が微笑むころには、鶯丸は座ったまま今にもぶっ倒れそうにふらふらしていた。乱れた呼吸を整えようと荒く息をついていると、それさえ阻止するかのように唇を奪われる。
酒にまみれた舌が入ってきて口内を荒らしていく。

「ん…ふ…っ! あるじ…!」
「可愛いね、鶯丸」

ろくに舌も回らない彼は主の舌技に抗うすべもなく蹂躙される。染み込んだ酒を味わうかのように歯も頬の粘膜も舐め回される。

ぱたん。
肩を押されて簡単に押し倒された。同時に巻き込まれてひっくり返った猪口から酒がこぼれて、畳に染みを作る。
ようやく口を離してくれた主は、今度はちゅっちゅっと鶯丸の首筋に吸い付きながら器用に上着を剥いでいく。白い肌は酒のせいで胸のほうまでほんのりと赤く染まっていた。
鶯丸は彼女のなすがままに体を弄られてふっと諦めの息を吐く。

「…閨事がしたかったのか? ならこんな誘い方をしなくとも……っっ?!」

急に爪の先で肌を削られ、痛みに体を跳ねさせる。主の指が通った胸に腫れた真っ赤な線がついた。

「ひっ…、あ…主…」

力無く体をよじる鶯丸を嘲笑うように彼女は爪で、歯で、彼の体に痕をつけていく。
下肢に手を伸ばす。当然そちらは変化していない。手の中でしばらくもてあそんでみても酔いのせいか反応が悪かった。

「男の前で酔っ払ったら危ないと言っていたくせに使い物にならないのね。私を抱くんじゃなかったの?」

潤んだ瞳で主を睨む鶯丸だったが、腹の上に乗っている彼女を押し退けるだけの力すらないのでどうにも出来なかった。

「それじゃあまだまだ私の晩酌に付き合ってもらいましょうか。でももう、上の口からは飲めないのよね」

それまでは辛うじてなけなしの余裕を持っていた目に初めて怯えの色が走る。主はお構いなしに彼の下衣を引きずり下ろした。

「腸からだと吸収が良いんだって」
「君は男の尻に興味があるのか」
「酔っ払ったら危ないと教えてくれたのはあなたでしょう。今度からは人の心配をする前に自分の心配をするようにしなさい」

鶯丸が可愛いのがいけない。
と彼女は悪魔のように嘯く。

「可愛い声で私を楽しませてね」

新しい徳利の口に指を浸けて濡らし、彼女が蠱惑的な笑みを浮かべるので、鶯丸は観念するしかなかった。



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